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ショックなことが多すぎて。 [こんなことあんなこと]

ほんとにいろんなことがあった1週間だった。
6月30日の根津神社の大祓に参加しようと思っていたのに、気づいたらその日はとっくに過ぎていた。

7月7日(土)-8日(日)に、日赤学会の学術集会が広島で開催される予定で、前日の6日(金)の午後の理事会・評議員会に出席するために、航空券もホテルも予約していたのだが、西日本一帯で数日間豪雨が続くとの予報があり、その日の午前中に両方ともキャンセルした。

当然、学会も中止になると思い、事務局にメールで欠席の連絡を入れ、同時に学会ホームページに開催するかどうかを掲載してほしいと頼んだ。

その時は、追ってお知らせしますということだったのだが、お昼過ぎにHPを見ると、「開催します。気をつけておいでください」と書かれていた。

まさか。

でも開催するとなると、日曜のプログラムの司会をやることになっていたので、土曜の内には行っていなくては…。

あわてて、格安航空券のサイトを探し、予約しようとしていた時、
最初に予約した往復便の予約確認メールをよくよく見て見ると、
帰りの日付が、なんと7月7日(土)!になっていることに気づく。

プログラムがなかなか確定せず、チケットを予約するのにやきもきしていたことは覚えているのだけれど…。
あわててこちらもキャンセルし、改めて7日の行きの便と8日の帰りの便を取り直す。

こうして、ぎりぎりチケットをゲット!
(後で調べたら、格安航空券といっても、ただの旅割?みたいなもので、JALのサイトでも同じ値段で販売していた。)

それから、何があってもよいように、荷物をキャリーバッグからリュックに詰め替え、濡れてもよいような服と靴を用意した。

さあ、これで準備万全、早く寝ようと思っていたら、学会事務局からのメールで、広島全域に特別警報が出たので、学会は中止しますという連絡。
でも、理事会と評議員会はかろうじて開催されたのだという。

そこから、またまた往復チケットのキャンセル。手数料だけでも相当の額になる。
(一部は自分のミスではあるが)

そんなことで自分なりにてんやわんやの状態だったのだが、
広島に向かった人はそれどころではなかったみたい。

新幹線で5時間かかって新大阪まで行き、そこから乗り換えて岡山、さらに乗り換えて新尾道まで11時間かけて来て、そこで立ち往生。たまたま一緒になった人と急きょホテルを探して泊まったという人もいた。
でも、翌日は行くことも帰ることもできず、3日目の日曜日になって、ようやく帰りついたそうだ。

キャンセルの手続きだけで文句を言っていた自分が申し訳ないような話だった。

それにしても、台風なら数時間で暴風雨域から逃れられるが、この線状降水帯というのは、本当に恐ろしい。広範囲に長時間停滞するのだから。

たまたま東京はその線から外れていたが、もし東京がひっかかっていたら、大変なことになっていただろう。
自宅近辺は海抜6メートル。昔から根津のあたりはすぐに水がでていたと聞く。
近くにコンビニがあると安心していたが、実際にはコンビニが水浸しになって、停電してしまうことだって大いにあるわけだ。

それに今回思ったのは、マスコミの報道の仕方。
テレビで誰かがどうして報道特番をやらないのかと言っていたが本当にそうだ。
被害の状況を何人死亡、何人行方不明とそればかりテロップで流していて、
交通網がどうなっているのか、さっぱりわからなかった。
不通の路線名も書かれているが、その路線がどこを通っているのか、わからない。
地図でも示してくれれば、少しはわかるのだろうが。
旅行していた人は、知らない土地で本当に困っただろうなと思う。

しかもこんな時に、オウム真理教元信者7人の死刑執行のニュース。
天皇退位の時期と重ならないように、なんて。
天皇もとんでもないと思ったんじゃないかな。自分のせいにしないでくれと言いたいでしょうね。
政府は、サッカーのW杯の裏側位がちょうどいいと思ったのかしら。

死刑って、目には目をの論理。
イスラム国のことを批判するのに。
しかも7人、一斉に。
世界から見ると、本当に野蛮な国という印象を強烈にアピールすることになるのに。

第二次世界大戦時に植え付けられた、訳の分からない不気味で残虐な日本人というイメージの名残は、まだまだ世界中にあるのに。
いくら試合後のお掃除が話題になったって、不気味さを払拭するのはとても大変なのだ。









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慣れないことにとまどう日々 [こんなことあんなこと]

3年ぶりに学位論文の面倒をみることになって、短期集中的に論文を読み赤を入れる作業に何時間も費やす日々を過ごした。

昨日、今日は、修士論文と博士論文が1編ずつ。
それも、研究の最初から付き合っていればもっと助言もできるだろうが、
結果も出てしまったあとで、論文だけを見るのは至難の技。
しかも、締め切りが…。

すっかり「強迫的修正モード」のゾーンに入ってしまい、
メールで届くあらゆる文書に赤を入れたい衝動に駆られるようになってしまった。

ところが、新しい職場のPCは、これまで使ったことのないHP製で、
キーボードが使いにくいったらない。
とくにアルファベットのOが入力できない。
右手の薬指で打つせいか。
なんども打ちなおしているうちに、右手左指の第2関節が腫れて痛むようになった。
両方のすべての指がこわばって、グーを作るのがやっかい。

そういえば、職場の健診も、今までとはちょっとー否、だいぶ様子が違った。
前の職場では同じキャンパス内に医療センターがあったから、
毎年の職員健診もその健診センターで受けることができた。
人間ドックのお客様も一緒の場所で、健診を受ける際も、特別の検査着に着替えて
検査ごとに違う検査室に呼ばれて受ける。
説明も丁寧だった。

今度の職場には病院がないので、企業の健診車がやってきて検査をしてくれる。
学生食堂のラウンジが受付で、外に横付けされた健診車で胸のX線検査。
車内のカーテンで遮られたコーナーでシャツとブラジャーをとって隣のX線カメラのところへ行けというのだが、
検査着が渡されることもなく、上半身裸でシャツを羽織るようにしてカーテンを出ようとしたら、呼び止められた。
Tシャツを貸してくれるという。
先に言ってよね。

次は建物内にもどってトイレで採尿。
外で係りの人がストラップ状の検査紙をコップに浸して、その場で検査をする。
細いストラップに5ミリ四方くらいの小さな四角い検査紙が5枚、すきまを開けて貼ってある。
5種類の成分検査がそれぞれの色の変化で判定できる仕組みだ。
検査紙の色の変わるのを待つ間、紙コップの自分のおしっことにらめっこ。
黄色、褐色、黄緑色と、なかなか綺麗な色あいである。
シュールな体験。

2階に言って、身長と体重と腹囲の測定。
なんと1年に5ミリずつ身長が低くなっている!
おまけに体重も2kg近く減っている!!
外食せず、お昼もサンドイッチ程度の食生活になって、少し体重が減ったと思ってはいたが...。
最近、65歳を過ぎたら、メタボよりフレイルを心配せよという記事を読んだばかりだ。
気を使って野菜ばかり食べていたが、肉だ!肉を食べなければ!
というので、今晩のおかずはさっそく鳥のから揚げとレバニラ炒め。

ところで、聴力は落ちていると思ったら、正常範囲。
視力は右目だけが下がっていた。
最近かすむしなあ…

採血で1本のチューブに採った血液が少なすぎたらしく、
別のチューブに血をとったあとで、またシリンジに挿し直して(さすがに血管ではなく)追加採血していた。
そんなことするの、初めてみた。

この一連の検査と心電図と内科診察が、横並びで行われる。
もちろん、心電図と診察はカーテンで仕切られたところで行われるが、
プライバシーもあったものではない。
順番を待つ受診者は、ボロボロのパイプ椅子に座っておしゃべりしていて、うるさくて聞こえないから静かにしてくださいと職員に注意されていた。

ああ、なつかしの医療センターよ…
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時代は変わる [こんなことあんなこと]

最近、ある精神科の病棟では、患者さんのおやつの時間が週3日しかないと聞いて驚いた。
それも時間が決められているのだそうな。
入院していると、食べることだけが楽しみという患者さんが多いのに。
糖尿病の人もいるし、誤嚥・窒息のリスクもあるし…ということらしい。

それで、職員はどうしているのかと質問したら、
職員にもお茶の時間なんてないというので、またまたびっくり!

だいぶ昔の話になるが、
私が働いていた病院では、毎日午後3時から40分もお茶の時間があって、
夏ならスイカを切って食べたり、朝とれたてのイワシの酢漬けをお茶受けにしたりしていた。
その頃は、家族からお菓子をお礼にいただくことも普通にあったので、
わざわざ買うまでもなく、おいしいお菓子がふんだんにあった。

安月給だったからか、管理者も何も言わなかったし、その時間は患者さんも遠慮してくれていた。
私がお茶より患者さんと話をしているほうがいいと思ってデイルームに座っていると、
患者さんのほうから、「お茶だよ」「お茶しないの?」と心配してくれた。

夏の暑い日、入浴介助があった日には、一仕事終えたら
患者さんがやっている院内の喫茶店にアイスコーヒーやクリームソーダを注文して届けてもらい、
みんなで喉を潤した。

今はそんなことしたら、とんでもないことになるらしい。
急性期病棟などでは、1日に何人も入退院があると
お茶なんかやっている暇はないという。
そんなことやっていると、その日のうちに仕事が終わらないよと言われた。
喉が乾いたら、立ったまま水を飲むくらいだそうな。

でも、ヨーロッパでは一般病院でも午前、午後とお茶をやっているらしい。
日本の総合病院で実習したスウェーデンからの留学生が、
「なんで日本の病院では10時のお茶がないんだ」と文句を言っていた。
体が持たないと。

これも昔の話になるが、
私が英国で研修していた精神科病院では、全病棟のスタッフが集まっての朝の申し送りが終わると、
それからスタッフは一緒に食堂に行って、朝食を食べた。
私は寮でしっかり朝食を食べてから出勤していたから、
毎日2回朝食をたべていたことになる。
さすがに2回目の朝食はヨーグルト程度だったけど。

それに、英国では医療はすべて国営で、
病棟には患者さんとスタッフのための紅茶、コーヒー、牛乳、砂糖、ジュース(甘い色つき水のようだったけど)が配給されて、官製品の白いティーポットもカップとソーサーも病棟にあった。
お湯を沸かす電気ポットも。だからいつでもお茶をすることができた。
ただし、病棟には冷蔵庫がなかったので、夏にはミルクが腐っていないか確かめてから飲まなくてはいけなかった。

うつで入院してきた患者さんが泣いていると、看護師が紅茶を入れて飲ませ、話を聞いていた。
地域の福祉サービスの居住施設にも同じものがあった。

スイスで研修した精神科病院でも、朝10時と午後2時にコーヒータイムがあって、
美味しいケーキをいただいた。

日本の外資系企業でも、会社に行くといろいろな朝食用の食べ物が用意されていて、
好きに食べられると聞いたことがある。

ワークライフバランスというけれど、働いている場のQOLも問題にしないといけないんじゃないかな。
お茶休憩も取れない職場なんて、おかしいと思う。
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アスパラガスの魅力 [こんなことあんなこと]

先日の札幌での学会の帰り、ゆっくり空港で買い物を楽しんでいるうちに、
離陸時間を間違っていたのに気づいて焦った話を書いたが、
そのときに、美瑛選果というお店でアスパラを買おうとしたら売り切れていたので、
予約しておいたのが1週間後に届いた。

グリーンとホワイトアスパラのセット。
2008年洞爺湖サミットの晩餐会に選ばれた食材だとか。

写真に撮らなかったので、その姿をお知らせすることはできないが、
関心のある方は、こちらのネットでご覧ください。
https://shop.bieisenka.jp/
とてもたくさんで一人では食べきれないと思ったのだが、
結局、誰にもあげず、一人で食べてしまった。

ホワイトアスパラは、前にスープのつくり方を知り、やってみたが
結局、もともとの味がいちばんと思い、ゆでて食べた。

沸騰した湯の中にレモン汁を入れてゆでると真っ白になる。
味も引き立つ感じ。
なんといってもシャキシャキした歯ごたえがよい。
先に、根元のほうの皮を厚めにそぎ、先に茹でてから
残りの部分を茹でるとバランスよく茹でられる。

その後、グリーンアスパラは焼くとおいしいと聞いて、
グリルで焼いてみた。
皮をそいでから、焦げ付かないように穂先までオリーブオイルを塗り、
グリルパンに長いまま並べ、6~7分焼く。
あまり焼く時間は長すぎない方がおいしい。
キッチンバサミで適当な長さに切ってお皿へ。

これが絶品!
アスパラってこんなに甘かったのねと驚くほど。
ただ、オリーブオイルをかけて食べるだけで充分。
塩を振りかけてもよさそうだけど、塩分制限中なので。

こうして毎日ホワイトとグリーンのアスパラを食べ続け、
一人で完食。
今日はもうなくなってしまったので、
これから八百屋にアスパラの買い出しにいく。
太くておいしいアスパラを売っているお店が近くにあるのだ。
でも、高いから、白と緑はどちらかにしなければ。



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英国王室漬け [こんなことあんなこと]

ハリー王子の結婚やエリザベス女王の即位60周年記念で、BS放送では英国王室ものの番組が目白押し。

なんたって驚いたのは、エリザベス女王が自分が戴冠した王冠について語るというインタビュー番組。
御年92歳というから、母が亡くなった年より1歳年上。
その割に、頭はクリアだし、目は生き生きとしてユーモアはあるし、感心してしまった。

その王冠に触れられるのは、女王と結婚式を執り行ったカンタベリー大司教だけだというのだが、
その王冠を前にして、その重さやたくさんの宝石の謂れを説明したり、細かいことまでよく覚えているのだ。
母なんて、認知症とは診断されていなかったけれど、「あらそう、そんなことあったっけ」ということが多くなっていた。

女王は、王冠をくるくる回してみながら、これを私だけは触っていいのよ、とインタビュアーの男性に、いたずらっ子のような顔をして言った。
そして、この王冠がとても重くて、少しでも下を向くと、首の骨を折るか、王冠がずれて落ちてしまうかだったので、誓いの文書もまっすぐ立てて読むしかなかったと、ユーモアたっぷりに話した。
25歳のときのことだ。今では英国史上だけでなく世界でも最長在位の君主となった。最高齢でもある。

ところで、エリザベス女王の陰に隠れて夫であるフィリップ殿下については、私もよく知らなかったのだが、なんと恋愛結婚なんだそうだ。
フィリップ殿下はもとはといえば、ギリシャとデンマークの王子で、第二次世界大戦中にギリシャから英国へ亡命した外国人だったのだ(とはいえ、ヨーロッパの貴族はみなどこかで血がつながっているのだが)。
戦時中エリザベスは従軍し、軍用トラックの運転手をしたりしていたのだそうだが、二人はダートマス海軍兵学校で出会い、一目ぼれだったという。

だが、フィリップの姉がナチスと親しかった貴族と結婚したせいで、英国では二人の結婚に反対する人も多かったという。フィリップはギリシャ正教会から英国国教会へ改宗し、英国へ帰化。
エリザベス21歳のときに結婚した。

なので、ハリー王子がメガン・マークルと結婚するのもさほど新しいことではなかったのかも。
彼女のようなしっかり者が、お調子者ハリーの手綱をしっかり引いてくれる方が、女王も安心かも。

ところで、メガンの母親はソーシャルワークの修士号をもち、心理療法士として働いているという。
ヨガインストラクターという情報もあるが、50歳を過ぎて大学院に行ったというから、働きながら勉強したのだろうか。

一方、彼女が6歳の時に離婚した父親は、ハリウッドの映画会社に勤める有名な照明技師。
アルコール依存症らしいから、しっかり者の妻と依存症の夫という共依存の典型的なケースかも。
ハリーとメガンがその轍を踏まなければいいけど。
どっちもAC同士みたいなもんだからね。
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週末の顛末 [こんなことあんなこと]

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先週末、札幌で学会があった。
数日前から北海道がいかに寒いかという情報が駆け巡り、最近の暑さでしまい込んだ冬物を引っ張り出したり、てんてこ舞いだった。
当日朝も、早朝覚醒しあたふたと衣類を取り替えたりして出かけた。
ホテルに着いてみると、置いてきたはずの衣類が入っているし、入れたはずの下着が入っていなかったり…。
でもこれが結果的に役に立ったのだけど。

金土の二日間、札幌は素晴らしい五月晴れ。
気温は20度前後だが、日が当たるところを歩いていると汗ばむほど。
(あつい下着を着ていたせいもある)

学会初日は発表者が体調不良で欠席したこともあり、早めにホテルに戻り、
着替えて懇親会に出かけることにした。
そのとき、前日着ていたはずの上着が室内に見当たらず、フロントに電話して清掃の人などに問い合わせてもらった。
だが、ゴミ収集場を見てもなく、もしかしたらシーツを交換した中に紛れ込んでいるかもしれない。でももう業者は終業時間が済んでおり、連絡がつくのは週が明けてとなるということだった。
前日食事に行ったお店にも電話してみたが、そんな忘れ物はないとのことだった。
忽然と、上着が消えた!まさに密室事件?
仕方なく、置いてきたはずだがなぜか荷物に入っていた服を着て(ここで役立った)、出かけた。

で、懇親会場で実行委員の一人にひょっとして忘れ物に上着が届いてなかったかと、期待はしていなかったが聞いてみた。
すると、それらしき上着が届いているという! なんとFBにアップまでされて?
友人に聞くと、そういえば前日の食事のときには上着を着ていなかったよという。早く言ってよ!
といっても本人が覚えてないんじゃ、他の人を怒るわけにいかない・・・。

翌朝、会場で無事に上着を受け取り、ホッとしたのもつかの間…。
早朝ミーティングで、衝撃的なニュースがもたらされた。
学会の理事も歴任されたこともある、会員(女性)の一人が前日ホテルで急死されたというのだ。
あまりのことに、言葉も出なかった。
ちょうど1年と1ヶ月前、実家の母が自宅で急死したのと状況が似ていて。

この学会、何かが起こる。
6年前は京都でのプレコングレスの最中にかすかな揺れを感じたのが、東日本大震災の揺れだった。
東北方面からの参加者は帰宅するのに3日もかかったと後で話していた。

学会最後の閉会式の冒頭で、残った会員にことの次第を伝えた。
自分ではあまり動揺しているとは思っていなかったのだが、声が震えてしまった。

帰りは余裕をもって19時30分発の便にしてあったので、札幌空港でアスパラやななつ星(お米)を買いこんだりした。
そして、夕食のお弁当を買ってチンしてもらい、さて食べましょうと椅子に座って念のため、チケットの予約控えを見てみた。
すると、な、なんと、出発時間が18時30分となっているではないか。
時計をみると、18時20分!
慌てて荷物をひっつかみ、保安検査場に走った。
こうなると札幌空港は迷路のよう。お店が入り組んでいて、なかなか見つからない。
一瞬、JALとANAを間違えそうになりながら、ようやくたどり着いたら、知り合いの顔も見えた。
よかった!
入ってわかったのだが、乗る便の航空機の到着が10分遅れて、出発も10分遅れになっていたのだった。そうでなかったら、と思うとぞっとする。

で、私のトンデモ事件はこれで終わったのだが、私より1時間早い便で帰京した人の話によると、
東京上空の天候がとんでもなく悪く、着陸を何度も繰り返し、1時間も旋回していたそうだ。
結局3時間かけての到着となったという。
その人とたまたま浜松町駅で一緒になり、結局私の方が先に帰ることになった。
そんなこともあるんですね。
ちなみに、私より1時間遅れの便は関東上空で45分旋回の予定と告げられていたそうだ。
出発が10分遅れただけで済んだ私はラッキーだったみたい。

3日間海鮮物ばかり食べていたら、体重は増えたのに、身体年齢は出発前より2歳も若返っていた。
終わりよければすべてよし?
亡くなった方には申し訳ないけど。

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代打で現場復帰 [こんなことあんなこと]

4月からさる大学の特任教員として勤務している。
1昨年、教員をしていた大学院の後輩が講義中に倒れ、まだ職場復帰できないでいたことから、助っ人として非常勤で学部の授業を数コマ引き受けていた。
2年たったところで、あと1年、大学院や委員会業務などもやってほしいとの依頼で、週3日、月12日の契約で引き受けることになった。
通勤時間が20分ちょっとということが、引き受けた重要ポイント。

大学を定年退職してから、もう大学は十分やったと思って個人営業を始めたのだが、ここへきて思いもかけない現場復帰である。
自営業のほうも兼業するが、私としては「社会復帰」といった感覚。

おまけに同じ看護系の大学とはいえ、初めての組織に勤めるのは戸惑うことばかり。
これまでいろいろな職を経験してはいるが、新人オリエンテーションを受けたのは一番最近で28年前のこと。会議の会話にもついていけない。みなさんとても早口で、よく聞き取れなかったりする。これは年のせいか。

3週目にようやく保険証がもらえ、4週目にしてようやく職員証がもらえた。
この間、免許証もパスポートももたない私は、身元を証明するものが何もなく、
病気になったり事故を起こしたりしないようにと、まるで難民になったような気分だった。

週3日のはずが4月はあれこれ忙しく、実習病院の打ち合わせなんかにもでかけたため、14日出勤することになり、5月に調整することになった。

それでも学部生の卒研や修論のゼミなどはやはり面白く、つい張り切ってしまい、1週目にしてどっと疲れが襲ってきた。
なにせ、院生が社会人なのでゼミも夜間開講なのだ。
会議も昼休みに(早口なのは、時間がないせいみたい)。

おかげで昼食や夕食を食べるタイミングが分からず、朝、パンを2食分買っていくが、おなかがすく。
もともと、普段の生活ではあまり空腹感やら食欲やらを感じない質で、
前の職場では、お昼を食べたらその後は何時間も食べたり飲んだりせずに仕事をして、気づいたら夜の9時だったなんてこともあったのだが、ここへきてやたら感じるようになった。
珍しく間食にお菓子を食べたりしている。
あれやこれやまだ混乱していて、集中できないせいかもしれない。

とにかく前の職場のことをあまり持ち出さないこと、1年しかいないのであれやこれや口出ししないことを肝に銘じているのだが、これがなかなか難しい。
あと2日でやっと4月が終わる…。



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自分の身体をチェック [こんなことあんなこと]

カードのポイントがたまったので、タニタ食堂おすすめ、という体重計に交換した。
正しくは、「体組成計」というらしい。

これまで毎週実家に行くたびに、入浴前に古い体重計に乗っていたが、それも処分してしまったので、お正月にぶくぶく太ったのではないかと心配になって。

新しい体重計、もとい体組成計は、従来のより厚さも幅も、重さもぐっとスリムになって、何処に置いても邪魔にならない。
大体A4版サイズを正方形にした感じ。

おまけに、立てておいても、横にして使うときには、機械の誤差を自動的に調整するんだそうだ。
というか、立てておくと誤差が生じるなんてこと自体、知らなかった。

おまけに、
「健康をはかる」「カラダをまるごとチェック」と標榜している通り、測るのは体重だけではない。
もちろん、実家の体重計もBMIらしき数字をはじき出し、4とか5とか数字で評価してくれていたけれど。
こちらは、最初に生年月日と性別、身長、体重を入力すれば、あとは乗るだけで体重の表示が出て、下りると、BMI→体脂肪率が次々と表示される。
さらに、筋肉量 → 内臓脂肪レベル → 基礎代謝 の数値が出て、最後に 「体内年齢」というのが、表示されるのだ。かしこい!

それに、それぞれの測定値に標準より上か下かなども判定してくれ、これまで実家の体重計ではちょっとBMIが標準を上回る?と心配していたのだが、標準と判定された。よかった。

たいていが標準の中に納まり、内臓脂肪も大丈夫だったし、基礎代謝も多いと判定されたのだが、唯一、筋肉量が少ない!と出た。
日ごろの運動不足が如実に表れたわけで、機械に叱られた感じ。

それでも、最終判断としての体内年齢は、なんと実年齢より10歳も若かった!! まだ50代ですよ!!
でも・・・
翌日、ちょっと食べすぎたかなと思ったら、体内年齢が1歳増えていた。
そんな、1日で1歳年を取るなんて…。
翌日は、若干食べる量をセーブしたら、元に戻っていた。感じやすいのね。

とうぶん、この機械の指導に従ってみよう。
そうそう、あと「骨密度」を測定してくれると文句ないんだけどな。





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家仕舞い [こんなことあんなこと]

今日、実家の家仕舞いをした。

これまで毎週通って、姉と一緒に少しずつ整理をしてきたが、1月いっぱいで不動産屋さんに引き渡すため、最後はリサイクル業者を頼んで、家の中を空っぽにすることになった。

売れるものは売り、譲れるものは譲り、捨てるものは捨ててきた。
なので、2、3時間もあれば済むだろうと思っていたが、甘かった。

10時前にトラック3台が到着。スタッフも5、6人。
タンスや本棚、ベッド、ふとん(たくさん)、机、ソファー、サイドテーブル、ダイニングセット、エアコンなどなどの大物家具のほかに、電器製品、本、服や靴、食器、人形、化粧品、洗剤や薬品、掃除道具など、細々としたものが出るわ出るわ。
タンスの裏にはびっしり綿ぼこり。
あれだけ捨ててもこんなにあったかと驚くばかり。
それでもさすが本職の方々。狭いところをせっせと運びだす。
さらには、外の大きな物置、エアコン室外機、物干しや植木鉢や棚の類も運ぶ。
木の枝が邪魔になって運び出せず、お隣さんから枝切り鋏を借りて、枝切り。
お昼休みを入れて、終わったのは午後4時。
6時間の大仕事。
やっと終わって、3台のトラックが出て行った直後、門扉の脇の灯りが残っていることに気づき、電話で呼び戻す。

48年前、姉と二人で、九州から実家の荷物を積んだトラックを新居に迎えたときのことを思い出す。
そして今、やっぱり姉と二人で残りの荷物を積みこんだトラックが出て行くのを見送った。
ほぼ半世紀にわたるこの家の歴史がこうして閉じた。

母が亡くなってから、よくひとからお寂しいでしょうと聞かれるが、
素直に「はい、そうですね」と言えない複雑な気持ちがある。
正直に言ってほっとした気持ちもあるし、言葉にとてもしにくい。

だが、この土地との縁がこれですっかりなくなってしまうと思うと、それは悲しいし、寂しい。
育った九州の土地にもすでに家は影も形もなくなっており、親しい友達も亡くなってしまったりしてつながりがほとんどなくなってしまった。

こうやって人生が終わっていくのかなあと思うと、それも寂しい気持ちになる。
時間が過ぎるのが本当に早すぎて、ついていけない感じ。
あとは、自分自身がどうしていくのか、真剣に考えなくちゃいけないのだな。


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おかたづけ [こんなことあんなこと]

ほぼ一週間というもの、大みそかと元旦に根津神社に出かけたくらいで、あとはずっと自宅にこもって誰とも会わず、しゃべらずの日々。
周辺の商店は、3が日が過ぎてもまだお正月休みのところが多く、お買物もできない。
(セブンイレブンだけはやっていたが)
今日、ようやく近所の小さなスーパーが開いた。
東京と言ってもお正月は不便だ。
だからこそのおせちなんだろうけれど、すっかり忘れていた。

昨年末は、実家から運び込んだ段ボール箱の片づけであけくれ。
そのためのワイヤーの棚を2基購入。
女性でも一人で組み立てられますということで、やってみたが
何とか形にはなったものの、ちょっとちゃちで若干棚が斜め?

あとは本や衣類を処分して、空きスペースをつくるしかない。
クラシックのCD30枚はBook-Offにもっていき、940円。
ほとほと困るのは、ペーパー類。
プリントアウトした大量の資料を、改めて内容ごとに分類はしてみたものの、
ついつい手が止まり、読んでしまう。結局、はかどらない。
しかも、それで減るわけでなし…

会議の資料なんか、思い切って破棄してもよいのだが、
そうしたものに限って、後で必要になるのは、何故なんだろう。

USBに保存しても、けっこう探すのが厄介。
保存したことを忘れていたりするからなおさら。

身の回りには、みんな不要と言えば言えるものばかり。
必要なのは断捨離か…

母は、晩年、やたら片づけまくっていたけれど、それでも呆れるほど物が溜まっていた。
住まいが広ければ広いほど、物は溜まる。
すると、収納用品を購入する→しまい込み、忘れる→ないと思い、また買う・・・の悪循環だったのだ。

棚を買ったのは、間違いだったか…

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