So-net無料ブログ作成
検索選択
こんなことあんなこと ブログトップ
前の10件 | 次の10件

相模原の事件に思うこと [こんなことあんなこと]

相模原の障害者施設で起こった悲惨な事件に、いろいろと考えさせられている。
とくに、加害者が施設を退職する直前の今年2月14日(バレンタイン・デー)に衆議院議長公邸を訪れ、手渡そうとしたという手紙を読んで、ますます切なくなってしまった。

そこには、こう書いてあった(一部省略)。
---------------

常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れ切った表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い、居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。

理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。

私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。

重複障害者に対する命のありかたは、未だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。

今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。

世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。是非、安倍晋三様のお耳に伝えていただければと思います。

私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます。
---------------

彼は、重複障害者が「家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な」場合があることを知り、「保護者の疲れ切った表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」に気づいている。
しかも、それを非難しているわけではなく、彼らの苦しみを社会に知ってほしかったように思える。救いたかったようなのだ。

もちろん、親たちは障害をもつわが子を殺してほしいなどとは思っていないだろうし、
生き生きと働いている職員だっているだろう。
だから、そんな同情は誤解だ、余計なお世話だと怒る人があっても不思議はない。

でも、ときに疲れきったり、絶望的になったりすることがあるのではないだろうか。
実際に私も、寝たきりでコミュニケーションが取れず、一日、苦し気な声を上げている患者たちがいる病棟を訪れたことがあるが、そこにいるだけでいたたまれない思いがした。
この人たちが救いを求めていることはひしひしと感じられるのに、自分は何もできないという無力感が堪えがたかったのだ。

一方、看護師として同じような患者さんを長く受け持って働いていると、言葉でコミュニケーションが取れなくても、なんとなく愛着がわいてきて、お世話したくなることもあった。
つながりを感じられる患者と、そうでない患者とでは、まったく感じ方が違ってくるのだ。
そういう意味で、今回の加害者は誰ともつながりがもてなかったのだろう。
だからこそ、退職するに至ったのではないか。

つながりが感じられず、自分がいかに無力であるかという現実に直面させられるときの痛みは、耐えがたいものだ。
やがて「うつ」になり、辞めていく。いわゆるバーンアウトである。

ところが、この加害者は、辞める決断とともに、「世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐ」という使命に目覚めてしまう。

そこには、無力感、さらにはそこから去ろうとする罪悪感からの、裏返しの誇大的な救世主妄想に突き動かされた加害者の姿がみえる。

「今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だ」。
自分自身の為ではない。しかもそれは全人類の為の辛い決断。

こうした点では、オウム真理教の麻原彰晃の心理にも似たところがある。
麻原彰晃(彼自身障害をもっていた)は宗教家でありながら自ら政治に乗り出して、選挙に惨敗し、過激な犯罪へと突き進んでいったのだが、この加害者は安倍首相にすがっている。
彼の眼には、安部という人物が日本のみならず、世界を救う力をもった存在のように映っていたのだろうか。
(安部首相の言動を見ていると、誤ってそういう印象をもつ人がいてもおかしくないかもしれない。)

加害者は、事件(革命)を起こした後で自首し、2年の刑にしてもらい、5億円を支給してもらうことを求めていたというが、「安倍首相」が彼をそこまで受け入れてくれるだろうと期待していたことにも驚かされる。

一方で、退職した後に生活保護を申請していたという事情を知ると、ますます彼が現実から離れて強大な権力をもった人への傾斜を強めていったことが切なく思えてくる。
彼が障害者に、無力で生きる価値がないと感じたのは、むしろ自分を投影していたからではないだろうか。自分では認められない感情を自分から切り離して、他者に投影するという防衛である。
そういう意味で、これを単純なヘイトクライム(憎悪殺人)とすることに抵抗を感じる。
(もしかしたら、ヘイトクライムを起こす人も、自分自身に絶望しているのかもしれないが)

もちろん、今回の犯罪を肯定するわけではまったくないし、命を奪われたり、傷つけられたり、何より凄まじい恐怖に突き落とされた人たちのことは忘れてはいけないのだけれど、
このようなことを書くと、なんだかバッシングにあいやしないかという、漠然とした不安を感じる。
そのこと自体が、今の時代の空気を伝えているのだろう。

恐怖と孤立感。

何とか、これを乗り越えて、希望を取り戻さなければ、と思う。

nice!(0)  コメント(0) 

オフィス事情 [こんなことあんなこと]

長年勤めた職場を離れ、個人事業主としてスタートしてからそろそろ1年。
いろいろなことがあった。

とくにオフィス環境を整えることはやっかいで、試行錯誤の連続。
最近のプリンタのインクカートリッジづまり騒動はそのひとつ。
結局、修理に出すより新しいプリンタ複合機を購入した方が安いことがわかり、購入した。
するとわずかな時間しかたっていないのに、こうした機器の進化はすごかった。
両面印刷も、連続コピーもできてしまうのだ。かしこい。
もっといろいろと機能がついているが、使うには勉強が必要で、まだこれから。

ところで、このプリンタ。オフィスではなく、自宅にある。
1年前、駒込の研究所の一室をオフィスとして使わせてもらうことになり、
本や資料を運び込んだものの、
実際には、面接やグループのときに出かける程度で、ほとんど行くことがない。
(そのため、こちらに送られてくる郵便物などを受け取るのが、ものすごく遅くなる。)

ほとんどの仕事が自宅のパソコンでできてしまうためだ。
オフィスへの往復の時間がもったいというか、面倒になってしまったのだ。
健康のためを考えると、ほとんど一日中、一歩も外に出ず、歩きも人と話もしない生活はよくないことは百も承知なのだが、ついつい楽な方に流れてしまう。

だが、これまではパソコンをダイニングテーブルに置いていたのだが、
勤めていた頃は、帰宅して寝るまでのちょっとの時間、使う程度だったのでよかったが、
一日自宅にいると、パソコンと対面して一日が終わってしまう。
すこしはメリハリをつけようと思い、寝室のほうにパソコンを移した。
書斎として使おうと思っていた小部屋は、今や納戸と化してしまい、
そこにこもって仕事をすることを想像すると、すごくわびしい気持ちになったので。

リビングから無線でPCとプリンタを接続した。今は便利だ。
ただ、やはり離れた分、接続がおそくなる。
そこで、無線ルータの周囲をアルミホイルで反射板をつくって囲うというやり方を
ネットで知って、やってみた。
確かにアンテナが一本増えた。

こうして、どんどん自宅が、しかも寝室が、オフィスと化していく。
これはいいことなのか、憂うべきことなのか・・・。
たしかに、傍から見るとりっぱな引きこもり生活といえなくもない。う~む。

ところで、
研究所の向かいにあったチョコレート工場が移転することになり、
今は解体工事中。昼間はものすごい騒音と振動なのだ。
ときどきお菓子を差し入れしてくれた工場の人もいなくなった。
世界はこうして変わっていくんだな~。

nice!(0)  コメント(0) 

明日から北海道 [こんなことあんなこと]

明日、北海道集団精神療法研究会によばれて札幌に行きます。
と、最初に書いてアップした後で、何時に出発すればいいか、路線を検索していて、明日じゃない、あさってだったと気づいた。
またドジをしないかと心配のあまり、1日早く、出発するところだった!

さて、本題に戻って、あさっての話。
朝9時30分の便で飛び立って、午後から講演とシンポジウム(指定討論)、
次の日は、1日グループ。

このところ、ずっとだらだらしてたから、この強行軍の日程をこなせるのか、心配。
第一、最高気温が19度ですって!
東京の春先の気温では?
最低気温は13度。

寒いの、苦手なのに・・・。
冬物はすべてクリーニングに出して仕舞ってしまったし、
何を着ていけばいいのか悩む。

でも、考えてみれば、イギリスにいた時は、真夏でも曇っていると14度くらいしかなくて、
それでも屋外のプールで泳いでいた(もちろん、温水プールなどではない)。
要は、慣れなんでしょうけど。

札幌は、よさこい祭りの最中らしい。
前に行ったときも同じ時期だった。
おいしいものを食べられるといいな。

後は、朝の便に乗り遅れないかという(実は深刻な)心配。
祈るのみ。

と書いたときは、まだ明日だと思い込んでいた。
明日一日、何していよう。

nice!(0)  コメント(0) 

お気に入りの食堂 [こんなことあんなこと]

このブログとしては珍しい、お食事処のお話です。

お店の名前は食堂「アンチヘブリンガン」。
場所は、水道橋のJP駅近く。

店内の古い広告版には「アンチヘブリン丸」と書いてあります。
「ヘブリン丸」というのは、昔あったお薬の名前らしいですが、
「アンチヘブリンガン」というのは、小津安二郎の映画「秋日和」に出てくるのだそうです。
意味は分かりません。

食堂と名乗るだけあって、道から階段を上って2階のお店のドアからしてなんとなくレトロ。
昭和のイメージ?と思って中に入ると、アニスのようなスパイスの香りが広がって、なんとなくヨーロッパのアンティークなお店に来たみたいな錯覚が・・・。

テーブルも椅子も窓枠も、みな年季の入った木製で、その手作り感がなんともいえない。
最初に来た時には、編集者に連れられてきたのだが、壁にはいろいろな絵本や写真集などが飾られていて、土地柄もあり、出版関係の人たちのお気に入りの場所なのでしょう。

ここは、ご夫婦と息子さんの3人でやっているそうですが、なんとなく私と同世代の匂い―かつて駿河台界隈が神田カルチェラタンと呼ばれていた時代の匂い―がする(実際にはもっと若いのかもしれません)。

メニューも、新鮮な野菜や肉を使ったオリジナルなお料理。種類は多くはないが、どれもおいしい。お値段もリーズナブル。
まずは、前菜の盛り合わせ。私のお気に入りはレンズ豆の煮込み。
メインのアラカルトはどれもおいしくて、何品もとって友達とシェア。
〆は春菊のパスタにしようと決めていたのに、そこに至る前におなかがいっぱいになり、パス。
その代り、デザートに黒蜜のカカオジェリーを1個とってこれもシェア。

今回一緒に行った友人も私もお酒はだめなので、野草のお茶。前にきたときにはビワ茶を注文。
急須に何度もお湯を足してくれるので、うれしい。

気に入ってここ半年足らずの間に3回も足を運んだのだけれど、ランチも人気らしい。
インターネットを見るとランチメニューらしきお料理の写真がいっぱい。
いろいろな雑誌にも取り上げられている。
でも、そんな有名店という感じがしないのが、なによりいい。

結局、お酒も飲まずに3時間も料理とおしゃべりで過ごしてしまった。






nice!(0)  コメント(2) 

ああ、よかった! [こんなことあんなこと]

研究室から新しい仕事場へ段ボール数十箱を運び込んで、はや2か月近く。
収納する棚が足らず、いくつもの段ボールが開けられないままになっている。

これまで、すご~く気になっていたけれど、誰にも言えずに悩んでいたことがあった。
実は、大学で使っていたたくさんのUSBをまとめていれたはずの箱が見当たらなくなってしまっていたのだ。

これまでの講演のパワポやら、原稿やら、ありとあらゆる情報がそこに入っていて、
退職前であれば、個人情報の流出の危険性ということで、事務局長にいち早く知らせなければならないところだった。(ほんとは退職後でもそうするべきだったかもしれないけど・・・)

でも、大学内で探せるところは全部見たし、開けていない段ボールにあると思い、すべての段ボールのふたは開けてみたけれど、見つからないでいた。

それで、今日、もう一度すべての段ボールの底のほうまで見てみたら・・・
お菓子の缶に入れたと思って探していたのだが、段ボールの底のほうに入れてあった書類箱の中に、それもビニール袋に包んであった。記憶って当てにならないもんだ。

でも、あってよかった、よかった!

こんなにほっとしたことはない。これでゆっくり枕を高くして眠れる・・・。



nice!(0)  コメント(0) 

隠居生活の環境整備 [こんなことあんなこと]

仕事を離れてほぼ1ヶ月が経過。
新しい仕事場は家具が揃わず、仕事を始められないでいる。
それで、もっぱら退職後の諸手続きと自宅の整理。

国民保険に加入するために市役所へ。
次に、青色申告に備えて、個人事業開始の届け出に税務署へ。
税務署は歩いて15分ほど。
途中、つつじ祭りの根津神社の前を通り、本郷通りを渡り、同じ文京区と行っても千駄木界隈と違って、落ち着いた(お金持ち風の)住宅が並ぶ路地を抜けて、白山通りへ。

税務署への届け出の様式はネットでダウンロードできたのだが、腹式帳簿だの単式帳簿だの訳のわからない言葉が並んでいて、どれかに[新月]?をつけなくてはならず、ちんぷんかんぷん。
税務署の人に聞けばいいかと行ってみたが、係りの若い女性も分からないらしく、奥からベテランらしき職員を呼んできた。
なんだかとっても大変そう。あらゆる預貯金などの帳簿をつけなくてはならないみたい。
一人でやるって大変なことなのね。

それにしても、町の変化は驚くほどだ。
近くのニュージーランド・カフェが潰れて、テナント募集の張り紙がしてあった。

千駄木駅前にあったハンコや写真のDPEの店は、なんとおしゃれな仏像の専門店になっていた。
仏壇や仏具ではなく、仏像だけを売っているのだ。
確かに周辺にお寺さんは多いが、仏像を買おうという人がそんなにいるんだろうか。

また、団子坂下にあったタイ料理の店は、コーヒーショップになった。
テイクアウトもできるというので、いつか行こうと思っていたのに。

そして今日。
冬の服と夏の服を入れ替えて、ようやく家の中の整理はとりあえず完了。
あっちのものをこっちに、こっちのものをあっちに片付けて、1ヶ月はかかった。
不要な物も少しずつ捨てて、少しスッキリ。

洗濯やら掃除やら、3度3度の食事やらを作っていると、ゆっくりしている暇はない。
同じく定年退職した複数の男性の同級生が「暇で暇で」と嘆いていたが、きっと彼らは家事というものをやらないからなのね。
nice!(0)  コメント(1) 

疾風怒濤の後の凪? [こんなことあんなこと]

倉敷での学会もドタバタのうちに終わりました。

そして、4月。

ほっとする間もなく、自宅の整理に追われている。
引っ越してきて15年。これまで自宅のことは、ほとんどほおっておいたので、研究室と同様、あれやこれやがたまって、整理しなければならない状態。
おまけに季節がら、衣類の整理も。
捨てるものは捨てて・・・。

それに、通勤しないと運動不足になるので、近くのクリーニング屋さんに行ったり、郵便局に行ったり、できるだけ出歩くようにしている。

引っ越してきた頃は、けっこう歩き回って谷根千を探訪したものだったが、しばらく歩かないうちに、知らない店ができていたり、知っている店が閉店になっていたり。

今日は、ちょっと奥まったところに「よりみちカフェ」とかいう、若い女性2人がやっているお店を見つけて、キッシュプレートというランチメニューを試した。
ホウレンソウとベーコンのキッシュにガーリックトーストがメイン。サイドディッシュはグリーンサラダとエビとブロッコリのサラダにカップ・スープ。
食後に紅茶とヨーグルトがついて、980円。

インテリアはちょっとヨーロッパのアンティークな田舎家ふう。
古いシンガーミシンが置かれていたりして。
店の窓際の一画で、年配の女性が手作りのステンドグラスなどのガラス細工を売っていて、ペンダントトップが500円。ついつい買ってしまった。

こんなことしていると、太るし、無駄なお金を遣うしで、よくないとは思いつつ、こんな楽しみもないとね。

でも、おしゃれなお店の一方で、パジャマ姿で歩いている30-40代と思しき男性に遭遇。

患者?

いくら病院のある街だとはいえ、どうなっているの?

かつては、谷中銀座などではステテコ姿のおじさんが歩いていたけど。

おまけに、根津の赤札堂で買い物をしていると、けたたましいサイレンの音。
どこかで火事だったらしい。
店を出ると、きな臭いにおいがした。

けっこう、たいくつしないものですね。
nice!(0)  コメント(0) 

終わりということ [こんなことあんなこと]

あっという間に、最終講義も終わり、1週間が経った。
思いもかけず、600人以上の参加があり、立ち見の人もあったと聞いた。
当然ながら、卒業生や修了生、関係者ばかりなので、とても温かい雰囲気で反応もよく、
気持ちよく話をすることができた。

4年前、3人の大学に貢献された先生方の最終講義と名誉教授の称号授与式が退官記念パーティとともに、3.11のために中止となって、それっきりだったことを考えると、本当にありがたいことだと思う。

しかも、この機会に自分の人生を振り返ってみて、つくづく人生にはどこか不思議な縁という糸でつながっていると思う。
私の勤めた海上寮は、九州の母校とも繋がっていたし、戸塚神父を介して、桜町病院の聖ヨハネホスピスと繋がっていた。
実は、その場では話せなかったのだけれど、保健学科の先輩で、日赤の地域看護学の教授だった橘雅子さんは、聖ヨハネホスピスの創設にも関わり、52歳の若さで癌のためにそのホスピスで亡くなったのだ。
亡くなる少し前にお見舞いにも行った。今回、そこまで話ができなくて、残念というより、申し訳ないような気持ちがする。

いよいよ23日(月)の朝9時には、引っ越し屋さんが研究室にやってくる。
金曜日から岡山で学会があるので、木曜日が大学に行く最後となる。
本当のことを言うと、部屋の荷物の片付けはまだまだ。
卒業式に謝恩会、それに送別会と続いて、時間がほんとになかった。
しかも、やればやるほど、新たな荷物が出てくる気がするのはなぜ?

今日も祝日出勤して(グループ研究会もあったし)一人で荷造りをしていたが、
老母がまつ実家にも戻らなければならず、いいかげんなところで、打ち切った。
月曜早朝からやるしかない。
これが終わりということか…と、しみじみ思いながら荷造りをしている。
でも、本当に終わりならば、全部捨ててしまえばいいのだから、自分でもへんな気持ち。
 
nice!(0)  コメント(2) 

カウントダウン [こんなことあんなこと]

お雛様もまだまだと思っていたら、気づくと3月も最初の1週間が過ぎていく。

修士論文の発表会の頃は、いつも花粉症まっさかりなのだけれど
こちらは、ゆっくり。

先月から、研究室の本の整理をボツボツ始めて、研究費で購入した本は図書館へ戻し、
それ以外の本は昨日、大体段ボールに詰め終えた。
あとは、やはり研究費で購入した備品やら機器類を、返還しなければならない。
リストを渡されたが、なにせ勤務年数が長いので、90年代に購入したものなんて、
とっくに使えなくなったものばかり。

「テレビデオ」なんてものがあった。
小型テレビにビデオの挿入口があり、テレビも見られれば、ビデオも見られるというもの。
もちろんテレビはブラウン管テレビ(だよね)。
つまり、箱型。大型のサイコロみたいなやつ。
とっくに減価償却が済んでいるんじゃないかな。

私も、減価償却が済んだってことかな。
nice!(0)  コメント(0) 

最後の授業 [こんなことあんなこと]

年末から、なんとなく2週間ごとの更新になってしまっています。
徐々にゴールが近づいて(仕事上のですが)、時間は早く流れているのに、
気持ちは妙にスローな感じです。

昨日は、学部の最後の授業でした。文字通り・・・。
2年生全員に、院生や教員の方も来てくださって、「感情と看護」についての講義をしました。

何しろ、まだ本格的に実習を始めたばかりで、これから看護を学んでいく人たちに、
燃え尽きやら共感疲労なんて教えるのは、少々躊躇を感じます。

これで看護師になるのが怖くて嫌になってしまったら・・・。

でも、本当は、知っておくといざというときに助けになるはず・・・。
たとえ、看護師にならなくても、どんな仕事でも、どんな場でも役に立つ知識だと思って話しました。
学生たちも、真剣に聞いてくれていました。

最後の授業ということで、少々緊張していたのですが
盛りだくさんの内容で、張り切って話したので、
終ったあとは、ちょっと気が抜けたみたいな感じです。

今日は、卒論の学生や卒業生がアルバイトに来てくれて、研究室の本の整理をしてくれました。
研究費で購入した図書を図書館に返すのです。
部屋いっぱいの本棚から、司書さんが予めリストアップしてくれていた本を探すのは大変です。

私費で購入した本もたくさんあって、趣味的な本は学生ラウンジの本棚へ。

それに本はすごく重いので、大きな段ボール箱に入れてしまうと、動かすのも大変。
本棚に並んでいるときはさほどの量は感じないのですが
いざ段ボールに移し入れると、あっという間に箱がいっぱいになるのです。
なのに、本棚にさほど隙間はできていません。

まだまだ、本は溢れていて、これを何とか整理しなくてはなりません。
一歩一歩、ゴールに向かっていますが、
何だか現実感がなくて、へんな感じです。
nice!(0)  コメント(1) 
前の10件 | 次の10件 こんなことあんなこと ブログトップ
メッセージを送る