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喪中はがき [こんなことあんなこと]

今年もあとわずか。
ぼちぼち喪中はがきが届き始めた。
その中に、高校時代の化学の先生の奥様から、先生が亡くなったとのお知らせ葉書があった。

当時、私は化学クラブの唯一の生徒だった。
その先生は大学を出たばかりで、意気込んでいたのだろう。
いろいろ考えさせるテストをしたりしていた。
だが、同級生の中には家庭教師について勉強していて、
難しい問題も正答する生徒が結構いて、
先生は、自分に教えることはあるのだろうかと落ち込んでしまい、
私はその愚痴の聞き役になっていた。

実験室は私にとっても避難所みたいだったから、
せっせと薬品棚を整理したり、汚い暗幕を洗濯したりした。
だけど、汚かったのは薬品が飛び散ったせいで、
洗濯したら、ボロボロになってしまった。

他のクラスの実験がうまくいかないときには、
私が授業中でも呼び出され、実験助手のような手伝いもした。
それを暗黙の了解で許してくれる先生もいたのだ。

競馬が趣味で、日本中の競馬場に出向いていた。
そんな話を授業中に楽しそうにしていた。

そうそう。私が高校時代に通っていた塾は、
奥さんの経営する美容院の2階の畳部屋が教室だった。

いわゆる、「髪結いの亭主」というわけだ。
厳しくて有名な先生だったが、酒好きで、ちびちび酒を飲みながらの指導だった。
親もそれを承知で通わせていたのだから、のんびりした時代だった。

つまり、私の世話になった先生は、ギャンブル依存症とアルコール依存症だったわけ。

この塾に通っていた私の同級生とほかの高校の生徒が、数年後、お見合いで結婚した。
偶然だというが、びっくりしたものだ。

けれど、その同級生も急な病でもう亡くなってしまった。
訃報を同窓生に知らせる役割を私に頼んでくれと言い残したそうで、
旦那さんから電話をもらって、北九州にかけつけた。
年の瀬の押し詰まったころに病気が発覚して即入院となり、
年末年始を自宅にいったん帰宅して過ごし、年明けに手術し、
手術は成功といわれたものの、急変して亡くなったのだった。

そのいったん帰宅した際に、一人で子供たちや親せきや、自営業の旦那さんの会社の人などに一人ひとり、こまやかなお礼状をしたためていた。
それを葬儀で旦那さんが読み上げたときには、本当にやるせなかった。
そんなまわりに気を遣う、きちんとしたいい人だから、早死にしちゃうんだよと。

今年喪中はがきが届いた化学の先生も、まだ70代半ば。
まだまだ早すぎる死だ。
だが、なん年か前に娘さんが亡くなったとの、これまた喪中はがきをいただいていた。
すぐに電話してみると、
娘さんには高校生の息子さんがいて、その子を引き取って育てていると話していた。
どんな毎日だったのだろう。
それ以前から心臓手術を受けたことがあるとも聞いていたので、心労がたたったのだろうか。

年の瀬の喪中はがきは、いろいろな思いにかられることが多い。
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新しいPC・新しい社会? [こんなことあんなこと]

アメリカ大統領選挙の結果が大変なことになっている。
まさかの事態である。
それほどクリントンが嫌われていたのか。
たしかに、嫌われる種はたくさんあり、顔つきがどんどん悪くなっていたし。
それでもまさか、トランプとは。
この世の終わり、という感じ。

ところで、新しいPCを手に入れたのだが、最初から無線マウスが起動しないというアクシデント。業者の人が来てくれていたから、いろいろ電話してなんとか解決。

ところが、その過程でいろいろ設定に触ったせいか、無線LANの接続が自動的にできなくなってしまった。いちいち制限を解除したり、接続をクリックしたりしなければならない。
設定上は、ちゃんと「自動的に接続」となっているのに。
富士通もPCから撤退の動きの中で、やる気をなくしているのか。
おまけにWindowsがやたらバージョンアップするせいか、保存していた「お気に入りリスト」が消えてしまったり、接続後に不審な動きが続く。

途中でフリーズしてしまったり、突然、電源が落ちたりしないだけましか…。

ところで、先週から通い始めたアルバイトの2週目の昼食事情について。
先週は、うっかり居酒屋に入って、昼間っからチューハイを注文するおじさんと相席になってしまったので、今日はそんなことがないように、デニーズに入った。
ファミリーレストランだから、間違いはないと思ったのだ。

結構、混んでいた。
それも、ほとんどがファミリー連れというわけではなく、かなりの高齢女性の客たち。
自宅周辺の食べ物屋さんは、昼間、子供たちを幼稚園や保育園に送り出した後のママさんたちが大勢たむろしていたのだが、ここは自宅で孤独をかこつ高齢女性のたまり場となっているらしい。
となりでは、ご主人が亡くなったときに銀行口座をどうしたか、年金がどうなったかなどという話をしている。
反対側の隣は、地震でも来てころりと死にたいという話をしているし、とてもファミリーレストランの雰囲気ではない。

話は最近の物騒な話に移り、博多の道路陥没事故、東京の美術展の炎上・小児焼死事件、女性のバラバラ殺人事件などなどの話題を次々出しては、途中で「たくさん事件がありすぎて、何がなんだか、ごっちゃになっちゃった」ということに。ふむ、たしかに。無理もないか。

食事しながら暗くなり、帰りにショッピングセンターを覗く。
すると、ムーミンのバッグをいろいろと取り揃えているバッグ屋さんを発見!
ついついムーミンの小さな柄のついたショルダーバッグを購入してしまった。

デニーズのランチセットにムーミンのバッグで、今日のあがりはこれで吹っ飛んだかんじ。
いかんいかん。

それにしても、世の中、なんとなく騒然としているし、先行きが見えない閉塞感。
これからどうなるのだろう。

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PCが壊れた [こんなことあんなこと]

このところ、パソコンが突然フリーズしたり、電源が落ちたり、不具合が続いていた。
何度か、だましだまし、息を吹き返させながら使っていたが
いよいよ限界のようだ。

普通の原稿書きなら、携帯用のMacBook Airでもよいのだが、
(この記事もそれで書いている)
突然、近くの看護大学に勤務していた後輩が倒れて、そのピンチヒッターで代講を務めることになり、パワポやレジュメを作らなくてはならなくなった。
そうなると、ノートブックパソコンは、デスクトップの操作性にはかなわないのだ。

おまけに、退職する際に、もう2度と講義をすることはないだろうと思い、講義資料をすべて破棄してしまったので、1から資料を集めなくてはならず…。

というわけで、とうとう買い替えることにした。
購入して5年。買い替えてもよい時期ではあるのだけれど、いざ買い換えるとなると、今まで通り富士通のFMVにするのか、売れているというNECのLAVIEにするのか、迷ってしまった。
なにしろOASISの時代からずっと富士通を使ってきたので、慣れていて使い続けたいのだが、最近、富士通が業績悪化してパソコン部門から撤退するという噂もあったりして、躊躇してしまう。
それでも買い替えるとお得というのにつられて、とうとう同じFMVにすることにした。

明日新しいPCがやってくる。
明後日は、接続などのおまかせサービスの人がやってきてデータ移動などをやってくれる予定。
でも、肝心の古いPCが動かなければ、データの移動もできないのではないかと心配。
データはある程度外部ハードディスクにバックアップしてはいるのだが、
どうなることやら。

ところで、新しい仕事場は自宅から近いのだが、環境がこうも違うのかと驚くことがあった。
授業は午前中なので、帰宅途中でお昼をしようと、駅前のショッピングセンターのようなビルに入り、和食の店に入ったら、どうやら夜は居酒屋になるところのようで、壁という壁に料理の名前が書かれた紙が貼り出されている。

お客さんもお馴染みさんが多いようで、知り合いどうし、「やあ、来たのか」と声を掛け合ったりしている。
4人掛けの席が空いていて、そこに座ったら、断りもなく男性サラリーマンのような人が向かいに座って、後から店員が水をもってくるついでに、「相席をお願いします」と言った。
そして、その男が注文したのは「チューハイとお茶」。

昼間っからチューハイ?
なんか、違う世界に来てしまったみたい。

次々と新たな体験がある。定年後も刺激はたっぷり。

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夏休み [こんなことあんなこと]

今週のブログ更新がぎりぎりになってしまった。
言い訳すれば、
原稿を山ほどかかえて、しかもほとんどが8月中が締め切りときた。
これから9月上旬までに講演も2つほどあって、それぞれ違う内容。
宣伝を頼まれているから、あえて書くけど、
9月3日(土)に西宮市の武庫川女子大学で行われる日本アディクション看護学会があり、
講演を頼まれている。
でも、これまで話したこともないテーマにしてしまったために
どんな内容にしようかと、ずっと考えているが、なかなか出てこない。
テーマは、゛自由であること・とらわれること”

まさに今の状態ではないか。
退職して仕事から自由になったはずが、
ほかの仕事に縛り付けられている・・・。
人間、どうやってもこのジレンマから逃れられないのかもしれないね。

でも、今週は1日だけ、目いっぱい楽しむことができた。
木曜の朝、10時から六本木のスヌーピー・ミュージアムへ。
ここは時間指定で予約制なのだ。
予約していっても、20人ずつくらいのグループに分けて入場させるから、入口で並んで待たされる。
その間にアメリカのスヌーピー・ミュージアムの館長さんなどのショートビデオを鑑賞。
それに、ちょっとコミックの登場人物みたいな愛嬌のある丸顔のおばさんが出てきて、
後で、その方がシュルツさんの奥さんだったとわかった。
彼女がスヌーピーたちのインスピレーションの源だったのかも。

今はあちこちでスヌーピー展が行われているけど、
さすがミュージアムは展示の仕方が凝っていて、テーマごとになっていたりする。
(半年ごとに展示内容を変えるそうだ)
後年のスヌーピーはあまり読んでいないこともあって、へえ~と、はじめて知ることもあった。
小さな穴から覗き込むようなところもあったり、楽しめるようになっている。

昔から持っている、ねじでピョコピョコ歩く(飛ぶ?)ウッドストック人形が、
ビンテージ物として、箱ごと展示されているのを見つけた。
うちのには箱はない。もうねじが壊れているのか、ピョコピョコ飛ばない。
でも、帰宅してすぐに、ほこりを払っておいた。ウッドストック.jpg

スヌーピー・ミュージアムの後は、11時30分からの『ファインディング・ドリー』を見に、六本木シネマへ急ぐ!

ちょっと前にTEDで、このアニメの監督がどのように『ドリー』を製作していたかを語っていたので、そのクォリティの高さは予想していたが、期待を裏切らない出来だった。
『ドリー』の前に、小さな小鳥が主役のショートアニメがあったのだが、
それが本当によくできていて、かわいく、小鳥好きにはたまらない映画だった。
ふわふわした羽や波にのまれてぬれそぼってしまった羽の質感などが、本当にリアル。
くりくりしたおめめが濡れているみたいで、とてもアニメとは思えない。

『ドリー』も、海の内部のリアルさ、動きのダイナミックさは『ニモ』より一段と高まっていた。
新しいキャラクターとして、タコのハンクというのが登場するのだが、これが変幻自在でアニメならではの面白さ。
ちょっとありえないだろうというところはあったが、(ニモやマーリーが海面から顔を出して外を見たり)、ドタバタぶりはヒートアップ。

しかも、『ニモ』にも登場したキャラクターがまた、登場したりして、これを見つけるのも面白い。
今回、ちょっと前にテレビで『ニモ』を見ていたので、よけいに楽しかった。

今回は、高次脳機能障害のような健忘症をもつドリーが、両親に会いたいと探しに行くというストーリー。
ドリーの障害を両親がどのように考えていたのか、ドリーはどう育ったのかが描かれていて、切ない。家にたどり着くシーンは感動もの。
ドリーも自分が忘れてしまうことを知るたびに悲しむのだが、健忘という障害があるおかげで、いつも明るい。いやなことも忘れるから。

ドリーは一瞬、一瞬に生きているのだ。理屈ではなく、「好きー嫌い」が基準。何にでも感情移入ができる。
このドリーの性格って、健忘症というより、いわゆる中心気質だよね。
下手すると、ボーダーライン・パーソナリティ?

今回は、何事も理屈で考える心配性のニモのパパ、マーリーと、感覚で行動する楽天家のドリーの対比が描かれている。もちろん、ドリーに軍配があがるしくみ。
そこに流れる“Unforgettable"の歌がばっちり。
自分を信じて、というメッセージ。

それにしても、八代亜紀が重要な役柄で、顔こそ出てこないが存在感を放つ。
途中で突然流れる、ルイ・アームストロングの”What a Wonderful World"も素敵だったけれど、最後の八代亜紀の歌う“Unforgettable"も見事。

予約するときは、字幕版を見たいと思っていたのだが、吹き替え版しかなかったのだ。
でも、これがかえってよかった。

アニメだけに小さな子どもが多かったのだけれど、面白かったのは、子どもたちの反応。
大きな魚や車にワッと襲いかかられるようなところでは泣かないのに、
ドリーが暗い海の底の海藻の森に迷い込み、ここはどこなの?たすけて、というシーンで
ギャーっと泣き出し、会場から連れ出された子どもがいた。
子どもはこういうのが怖いんだね。

ーーーーーーーーーーーー

アニメを堪能した後は、六本木ヒルズのイタリアン料理のお店へ。
東京タワーとテレビ朝日の屋上のでっかいドラえもんの後姿を見ながらのお食事。
オードブルとデザートが大きなワゴンで運ばれて、いくつでも好きに選んでくださいという。
ポルチーニ茸がものすごくでっかくて、そのガーリックソテーを頼んだら
これが絶品! こんなの初めて食べた。

以上が、一日だけの夏休みの報告でした。

メインはヤリイカのリゾット。まっくろけ。
デザートは、グレープフルーツのジェリーの乗ったブラマンジェ。
幾つでも選べたんだけど無理。
実は、スヌーピーミュージアムを出るときに、お腹がすくと思って、アボカドホットドッグとレモネードを食べていたので。これがまた、おいしかった!

この日は、結局3時までフルに楽しんで、満腹し、夜ご飯はなし。
それでもぜんぜんお腹が空かなかった。当たり前?

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相模原の事件に思うこと [こんなことあんなこと]

相模原の障害者施設で起こった悲惨な事件に、いろいろと考えさせられている。
とくに、加害者が施設を退職する直前の今年2月14日(バレンタイン・デー)に衆議院議長公邸を訪れ、手渡そうとしたという手紙を読んで、ますます切なくなってしまった。

そこには、こう書いてあった(一部省略)。
---------------

常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れ切った表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い、居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。

理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。

私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。

重複障害者に対する命のありかたは、未だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。

今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。

世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。是非、安倍晋三様のお耳に伝えていただければと思います。

私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます。
---------------

彼は、重複障害者が「家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な」場合があることを知り、「保護者の疲れ切った表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」に気づいている。
しかも、それを非難しているわけではなく、彼らの苦しみを社会に知ってほしかったように思える。救いたかったようなのだ。

もちろん、親たちは障害をもつわが子を殺してほしいなどとは思っていないだろうし、
生き生きと働いている職員だっているだろう。
だから、そんな同情は誤解だ、余計なお世話だと怒る人があっても不思議はない。

でも、ときに疲れきったり、絶望的になったりすることがあるのではないだろうか。
実際に私も、寝たきりでコミュニケーションが取れず、一日、苦し気な声を上げている患者たちがいる病棟を訪れたことがあるが、そこにいるだけでいたたまれない思いがした。
この人たちが救いを求めていることはひしひしと感じられるのに、自分は何もできないという無力感が堪えがたかったのだ。

一方、看護師として同じような患者さんを長く受け持って働いていると、言葉でコミュニケーションが取れなくても、なんとなく愛着がわいてきて、お世話したくなることもあった。
つながりを感じられる患者と、そうでない患者とでは、まったく感じ方が違ってくるのだ。
そういう意味で、今回の加害者は誰ともつながりがもてなかったのだろう。
だからこそ、退職するに至ったのではないか。

つながりが感じられず、自分がいかに無力であるかという現実に直面させられるときの痛みは、耐えがたいものだ。
やがて「うつ」になり、辞めていく。いわゆるバーンアウトである。

ところが、この加害者は、辞める決断とともに、「世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐ」という使命に目覚めてしまう。

そこには、無力感、さらにはそこから去ろうとする罪悪感からの、裏返しの誇大的な救世主妄想に突き動かされた加害者の姿がみえる。

「今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だ」。
自分自身の為ではない。しかもそれは全人類の為の辛い決断。

こうした点では、オウム真理教の麻原彰晃の心理にも似たところがある。
麻原彰晃(彼自身障害をもっていた)は宗教家でありながら自ら政治に乗り出して、選挙に惨敗し、過激な犯罪へと突き進んでいったのだが、この加害者は安倍首相にすがっている。
彼の眼には、安部という人物が日本のみならず、世界を救う力をもった存在のように映っていたのだろうか。
(安部首相の言動を見ていると、誤ってそういう印象をもつ人がいてもおかしくないかもしれない。)

加害者は、事件(革命)を起こした後で自首し、2年の刑にしてもらい、5億円を支給してもらうことを求めていたというが、「安倍首相」が彼をそこまで受け入れてくれるだろうと期待していたことにも驚かされる。

一方で、退職した後に生活保護を申請していたという事情を知ると、ますます彼が現実から離れて強大な権力をもった人への傾斜を強めていったことが切なく思えてくる。
彼が障害者に、無力で生きる価値がないと感じたのは、むしろ自分を投影していたからではないだろうか。自分では認められない感情を自分から切り離して、他者に投影するという防衛である。
そういう意味で、これを単純なヘイトクライム(憎悪殺人)とすることに抵抗を感じる。
(もしかしたら、ヘイトクライムを起こす人も、自分自身に絶望しているのかもしれないが)

もちろん、今回の犯罪を肯定するわけではまったくないし、命を奪われたり、傷つけられたり、何より凄まじい恐怖に突き落とされた人たちのことは忘れてはいけないのだけれど、
このようなことを書くと、なんだかバッシングにあいやしないかという、漠然とした不安を感じる。
そのこと自体が、今の時代の空気を伝えているのだろう。

恐怖と孤立感。

何とか、これを乗り越えて、希望を取り戻さなければ、と思う。

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オフィス事情 [こんなことあんなこと]

長年勤めた職場を離れ、個人事業主としてスタートしてからそろそろ1年。
いろいろなことがあった。

とくにオフィス環境を整えることはやっかいで、試行錯誤の連続。
最近のプリンタのインクカートリッジづまり騒動はそのひとつ。
結局、修理に出すより新しいプリンタ複合機を購入した方が安いことがわかり、購入した。
するとわずかな時間しかたっていないのに、こうした機器の進化はすごかった。
両面印刷も、連続コピーもできてしまうのだ。かしこい。
もっといろいろと機能がついているが、使うには勉強が必要で、まだこれから。

ところで、このプリンタ。オフィスではなく、自宅にある。
1年前、駒込の研究所の一室をオフィスとして使わせてもらうことになり、
本や資料を運び込んだものの、
実際には、面接やグループのときに出かける程度で、ほとんど行くことがない。
(そのため、こちらに送られてくる郵便物などを受け取るのが、ものすごく遅くなる。)

ほとんどの仕事が自宅のパソコンでできてしまうためだ。
オフィスへの往復の時間がもったいというか、面倒になってしまったのだ。
健康のためを考えると、ほとんど一日中、一歩も外に出ず、歩きも人と話もしない生活はよくないことは百も承知なのだが、ついつい楽な方に流れてしまう。

だが、これまではパソコンをダイニングテーブルに置いていたのだが、
勤めていた頃は、帰宅して寝るまでのちょっとの時間、使う程度だったのでよかったが、
一日自宅にいると、パソコンと対面して一日が終わってしまう。
すこしはメリハリをつけようと思い、寝室のほうにパソコンを移した。
書斎として使おうと思っていた小部屋は、今や納戸と化してしまい、
そこにこもって仕事をすることを想像すると、すごくわびしい気持ちになったので。

リビングから無線でPCとプリンタを接続した。今は便利だ。
ただ、やはり離れた分、接続がおそくなる。
そこで、無線ルータの周囲をアルミホイルで反射板をつくって囲うというやり方を
ネットで知って、やってみた。
確かにアンテナが一本増えた。

こうして、どんどん自宅が、しかも寝室が、オフィスと化していく。
これはいいことなのか、憂うべきことなのか・・・。
たしかに、傍から見るとりっぱな引きこもり生活といえなくもない。う~む。

ところで、
研究所の向かいにあったチョコレート工場が移転することになり、
今は解体工事中。昼間はものすごい騒音と振動なのだ。
ときどきお菓子を差し入れしてくれた工場の人もいなくなった。
世界はこうして変わっていくんだな~。

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明日から北海道 [こんなことあんなこと]

明日、北海道集団精神療法研究会によばれて札幌に行きます。
と、最初に書いてアップした後で、何時に出発すればいいか、路線を検索していて、明日じゃない、あさってだったと気づいた。
またドジをしないかと心配のあまり、1日早く、出発するところだった!

さて、本題に戻って、あさっての話。
朝9時30分の便で飛び立って、午後から講演とシンポジウム(指定討論)、
次の日は、1日グループ。

このところ、ずっとだらだらしてたから、この強行軍の日程をこなせるのか、心配。
第一、最高気温が19度ですって!
東京の春先の気温では?
最低気温は13度。

寒いの、苦手なのに・・・。
冬物はすべてクリーニングに出して仕舞ってしまったし、
何を着ていけばいいのか悩む。

でも、考えてみれば、イギリスにいた時は、真夏でも曇っていると14度くらいしかなくて、
それでも屋外のプールで泳いでいた(もちろん、温水プールなどではない)。
要は、慣れなんでしょうけど。

札幌は、よさこい祭りの最中らしい。
前に行ったときも同じ時期だった。
おいしいものを食べられるといいな。

後は、朝の便に乗り遅れないかという(実は深刻な)心配。
祈るのみ。

と書いたときは、まだ明日だと思い込んでいた。
明日一日、何していよう。

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お気に入りの食堂 [こんなことあんなこと]

このブログとしては珍しい、お食事処のお話です。

お店の名前は食堂「アンチヘブリンガン」。
場所は、水道橋のJP駅近く。

店内の古い広告版には「アンチヘブリン丸」と書いてあります。
「ヘブリン丸」というのは、昔あったお薬の名前らしいですが、
「アンチヘブリンガン」というのは、小津安二郎の映画「秋日和」に出てくるのだそうです。
意味は分かりません。

食堂と名乗るだけあって、道から階段を上って2階のお店のドアからしてなんとなくレトロ。
昭和のイメージ?と思って中に入ると、アニスのようなスパイスの香りが広がって、なんとなくヨーロッパのアンティークなお店に来たみたいな錯覚が・・・。

テーブルも椅子も窓枠も、みな年季の入った木製で、その手作り感がなんともいえない。
最初に来た時には、編集者に連れられてきたのだが、壁にはいろいろな絵本や写真集などが飾られていて、土地柄もあり、出版関係の人たちのお気に入りの場所なのでしょう。

ここは、ご夫婦と息子さんの3人でやっているそうですが、なんとなく私と同世代の匂い―かつて駿河台界隈が神田カルチェラタンと呼ばれていた時代の匂い―がする(実際にはもっと若いのかもしれません)。

メニューも、新鮮な野菜や肉を使ったオリジナルなお料理。種類は多くはないが、どれもおいしい。お値段もリーズナブル。
まずは、前菜の盛り合わせ。私のお気に入りはレンズ豆の煮込み。
メインのアラカルトはどれもおいしくて、何品もとって友達とシェア。
〆は春菊のパスタにしようと決めていたのに、そこに至る前におなかがいっぱいになり、パス。
その代り、デザートに黒蜜のカカオジェリーを1個とってこれもシェア。

今回一緒に行った友人も私もお酒はだめなので、野草のお茶。前にきたときにはビワ茶を注文。
急須に何度もお湯を足してくれるので、うれしい。

気に入ってここ半年足らずの間に3回も足を運んだのだけれど、ランチも人気らしい。
インターネットを見るとランチメニューらしきお料理の写真がいっぱい。
いろいろな雑誌にも取り上げられている。
でも、そんな有名店という感じがしないのが、なによりいい。

結局、お酒も飲まずに3時間も料理とおしゃべりで過ごしてしまった。






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ああ、よかった! [こんなことあんなこと]

研究室から新しい仕事場へ段ボール数十箱を運び込んで、はや2か月近く。
収納する棚が足らず、いくつもの段ボールが開けられないままになっている。

これまで、すご~く気になっていたけれど、誰にも言えずに悩んでいたことがあった。
実は、大学で使っていたたくさんのUSBをまとめていれたはずの箱が見当たらなくなってしまっていたのだ。

これまでの講演のパワポやら、原稿やら、ありとあらゆる情報がそこに入っていて、
退職前であれば、個人情報の流出の危険性ということで、事務局長にいち早く知らせなければならないところだった。(ほんとは退職後でもそうするべきだったかもしれないけど・・・)

でも、大学内で探せるところは全部見たし、開けていない段ボールにあると思い、すべての段ボールのふたは開けてみたけれど、見つからないでいた。

それで、今日、もう一度すべての段ボールの底のほうまで見てみたら・・・
お菓子の缶に入れたと思って探していたのだが、段ボールの底のほうに入れてあった書類箱の中に、それもビニール袋に包んであった。記憶って当てにならないもんだ。

でも、あってよかった、よかった!

こんなにほっとしたことはない。これでゆっくり枕を高くして眠れる・・・。



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隠居生活の環境整備 [こんなことあんなこと]

仕事を離れてほぼ1ヶ月が経過。
新しい仕事場は家具が揃わず、仕事を始められないでいる。
それで、もっぱら退職後の諸手続きと自宅の整理。

国民保険に加入するために市役所へ。
次に、青色申告に備えて、個人事業開始の届け出に税務署へ。
税務署は歩いて15分ほど。
途中、つつじ祭りの根津神社の前を通り、本郷通りを渡り、同じ文京区と行っても千駄木界隈と違って、落ち着いた(お金持ち風の)住宅が並ぶ路地を抜けて、白山通りへ。

税務署への届け出の様式はネットでダウンロードできたのだが、腹式帳簿だの単式帳簿だの訳のわからない言葉が並んでいて、どれかに[新月]?をつけなくてはならず、ちんぷんかんぷん。
税務署の人に聞けばいいかと行ってみたが、係りの若い女性も分からないらしく、奥からベテランらしき職員を呼んできた。
なんだかとっても大変そう。あらゆる預貯金などの帳簿をつけなくてはならないみたい。
一人でやるって大変なことなのね。

それにしても、町の変化は驚くほどだ。
近くのニュージーランド・カフェが潰れて、テナント募集の張り紙がしてあった。

千駄木駅前にあったハンコや写真のDPEの店は、なんとおしゃれな仏像の専門店になっていた。
仏壇や仏具ではなく、仏像だけを売っているのだ。
確かに周辺にお寺さんは多いが、仏像を買おうという人がそんなにいるんだろうか。

また、団子坂下にあったタイ料理の店は、コーヒーショップになった。
テイクアウトもできるというので、いつか行こうと思っていたのに。

そして今日。
冬の服と夏の服を入れ替えて、ようやく家の中の整理はとりあえず完了。
あっちのものをこっちに、こっちのものをあっちに片付けて、1ヶ月はかかった。
不要な物も少しずつ捨てて、少しスッキリ。

洗濯やら掃除やら、3度3度の食事やらを作っていると、ゆっくりしている暇はない。
同じく定年退職した複数の男性の同級生が「暇で暇で」と嘆いていたが、きっと彼らは家事というものをやらないからなのね。
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