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告別式

学会での仲間だった人が63歳という若さで亡くなった。
すい臓がんで9か月の闘病生活の末、最期は家族のもとで亡くなったそうだ。

式はまったく宗教色のないもので、学生時代からの親友という方がお二人、弔辞を読んだ。
最初の方は、家族ぐるみで毎年旅行するなどの本当に親しい友人だったそうだ。
弔辞を読む言葉にも唯一無二の友人を失った痛切な思いがあふれていて、心を打った。
男性同士の友情ってそういうものなのかと思った。

二番目の方も、やはり一番の親友だと述べた。
うん?2人がそれぞれ親友だというけれど、この2人の関係はどうなっているのだろうと、
最初、戸惑ってしまった。そんなこと考えるのは心根が悪すぎる?
それでも、徐々にこの方の弔辞を聞いていると、こちらにも感情移入してしまい、
涙が出そうになった。

やがて、その方が大きな声で故人の名前を呼び、「ありがとう!」と叫ぶと、
参列席からも、一人、二人、三人と、「ありがとう!」という男性の大声が響いた。
そういう演出か?とも思ったが、故人はサイコドラマティストだったから、
自発的なものなのだろう。たぶん。
最後に、車で出棺の際にも、半円形に囲んだ参列者から、大きな声が飛んだ。

弔辞を読んだ人は、故人を悪く言う人は一人もいないと語っていたが、
亡くなる数日前まで、奥様が廊下で待機して、大学で研究ゼミをやったのだそうだ。
そして、いい学生たちだろう?と奥様に言ったそうだ。
なんだか、良い人ほど早く亡くなるという思いがますます強まった。
奥様は気丈にふるまっておられ、参列者へは奥様からのお手紙も配られたが、
心情あふれるしっかりした文面だった。
亡くなって1週間以上経ってからの告別式となったので、
そういうことも可能だったのだろう。
でも、それもなんだか悲しいように思った。

最初、式場に入ったとき、故人そっくりの人がいて、びっくりした。
双子の弟さんだった。
双子の片割れが亡くなるのは、どんな気持ちなのだろう。
ほかの人も、弟さんを見るたびに、亡くなった人を思うのではないだろうか。

それに、お母さまがいらしたのは、お気の毒だった。
故人のサイコドラマの師にあたる方もいらしていて、こちらも気落ちされたような表情で、心が痛んだ。
読経や祈りの言葉がなく、人の肉声で送られるお葬式は、とても心を揺さぶられるものだった。
バックには、おそらく故人が好きだったジャズの名曲がごく静かに流れていた。

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