So-net無料ブログ作成
検索選択

『ラニーニャ』を読んで知ったこと [本のはなし]

私にとっての伊藤比呂美さんは、詩人というよりも『良いおっぱい、悪いおっぱい』や『おなか、ほっぺおしり』といったいわゆる育児エッセイの著者という印象が強い。

最近では、年齢とともにケアの対象が子供から犬(『犬心』)や父(『父の生きる』)などに変わってきたが、そうした密着した人間関係の生々しい実体験を言葉にしてきたという点では、ユニークな文学者だと思う。

また、『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』では、詩ともエッセイともつかぬ、説教節と詩が融合したような独特の流れのある文体で、父や母の介護に奮闘する体験を描いていたのも、とても面白かった。

今年、岩波現代文庫に入った『ラニーニャ』は、1999年に「野間文芸新人賞」を受賞した作品なので、育児エッセイ以後、『とげ抜き』以前の期間に書かれたものということになる。
詩でもエッセイでもなく、小説。

あとがきを読むと、1997年に夫と別れて子連れでアメリカのカリフォルニアに引っ越したために、お金を稼がなくちゃということで、小説を書くことにしたのだそうだ。

この文庫に収録されているのは、『ハウス・プラント』と『ラニーニャ』と『スリー・りろ・ジャパニーズ』の3作品。
私は、この時期の伊藤比呂美さんの作品をほとんど読んでいなかったので、
この文庫を読みだしたときには、てっきり育児エッセイの続きのように思っていた。
子連れでカリフォルニアにきて、外国人の夫と暮らしているというシチュエーションが、本人のものとそっくりだったので。
ただ、『ハウス・プラント』では「子ども」としか呼ばれない子どもが一人だけだし、『ラニーニャ』では、カノコちゃんではなくあい子ちゃんだし、サラコちゃんではなくグミちゃんだし。
で、これはエッセイじゃないんだと途中で認識した次第。

でも、性や生理にかかわる生々しい言葉はやはり伊藤比呂美だし、『とげ抜き』につながる、説教節的な文体はここにも見られる。
ただ、お金が必要だからと書いたからなのか、なんだか読んでいても苦しくなるような世界だ。
とくに子どもの神経症的な反応が描かれていると、気持ちが落ち込む。
なにせ生まれたころから知ってるからね。
単なる読者なんだけど、ともだちの子みたいな感じがあって。


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

メッセージを送る