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岩波書店初の直木賞! [本のはなし]

芥川賞と直木賞が発表された。

とくに直木賞が岩波書店から出版された佐藤正午さんの『月の満ち欠け』に授与されたことは、岩波書店初の直木賞受賞作として、話題となった。
また、佐藤さん自身もかなりのキャリアをもつ作家であり、今更という感があるという。

私はこれまで彼の作品をまったく読んだことがなく、たまたま本屋で「直木賞候補に」という帯を見て、ふと読む気になって購入したのだった。

『月の満ち欠け』というタイトルが、森絵都さんの『みかづき』に似ていたこともあったかもしれない。

死者の蘇り、いわば輪廻転生のようなことがテーマとは、はっきりわかっていなかったのだが、母が亡くなったことも、どこかで影響していたのかもしれない。

帯に「久々の一気読み!」とあったのだが、本を読むのはベッドに入って寝るまでのせいぜい数十分なので、「一気読み」とはいかなかった。

で、とにかく輪廻転生だから、時代を超えて、何人もが登場し、その人ごとに人間関係があるので、とびとびに読んでいると、この人誰だっけということがしばしばあって、最後に最初のほうを読み直すことになった。

しかも、蘇るごとに新たな物語になるのではなく、関係がつながっているので、余計ややこしい。この物語を理解するには、一気読みするしかない。

それに、せっかくの受賞作をけなすようなことばかりいうようで悪いが、
女性が何度も蘇るとしたら、相手に相当な魅力がないといけないと思うのだが、
登場人物の男性にそれほど魅力を感じられなかったし、その動機も、愛情というより、執着といったほうがよいような感じで、なんでこの人のもとにまた戻ってくる必然性があるのか、ピンとこなかった。
とくに幼女が大人の男性に執着するのは、気持ち悪い。
小説の中でも誘拐犯に間違われたりしているが。
間違われちゃって気の毒というより、この女の子の気味悪さのほうが勝る。
蘇るのに事欠いて、なぜにこんな子供にする必要があったのだろう。



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ヨーロッパの映画の面白さ [おすすめシネマ]

フィンランドと言えば、今、オープンダイアローグという地域に展開する家族療法的アプローチで日本の医療福祉関係者の間では一躍有名になっている国。

そのフィンランドの生んだ映画監督といえば、アキ・カウリスマキ。
いつか見たいと思っていたが、今回、遅ればせながら、初めてDVDで彼の作品『ル・アーヴルの靴磨き』を見た。

2011年のカンヌ国際映画祭国際批評家協会賞、パルム・ドッグ審査員特別賞、同年シカゴ国際映画祭グランプリ、同年ルイ・デリュック賞などを受賞した作品。

ちなみに、パルム・ドッグ(PALM DOG)賞とは、Wikipediaによると、カンヌ国際映画祭で上映された映画の中で優秀な演技を披露した1匹またはグループの実写、もしくはアニメーションの犬に贈られる賞とのこと。
その名称は、同映画祭の最高賞であるパルム・ドールに由来する。受賞した犬(たち)には、革の首輪が贈られるのだそうだ。
この年、パルム・ドッグの受賞犬は、『アーティスト』のアギー。
たしかに、アギーには負けるかも。強敵だったわね。

ル・アーヴルは南フランスの港町。
主人公マルセルは路上で靴磨きをしている。
しかし、道行く人々の足元を見ると、ほとんどスニーカーで、革靴などはいている人はほとんど見当たらず、毎日の収入はほとんどない。
近所の店のツケで買い物をして、やっと生計をたてている。
家には愛する妻と愛犬ライカがいて、貧しいけれど幸せな毎日を送っていた。

★ ★ ★ ★ ★

犬の名前、ライカは1988年のスウェーデン映画、ラッセ・ハルストレム監督の『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』に登場する主人公、イングマル少年の愛犬のライカ犬にちなんでいるのだろう。

ライカ犬と言えば、かつてアメリカと宇宙ロケットの開発競争をしていたソ連が打ち上げた小さな人工衛星に乗せられて、世界で最初に宇宙を旅した生物となったのがライカ犬である。
イングマルの母親は病気で、父親は仕事で南洋の海に出かけたまま帰ってこない。
そんな状況でもイングラムは、あのライカ犬の運命を思えば、自分はまだましだと考えているのだ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「ル・アーブル」の話に戻って・・・
ある日、近くで何者かがピストルで殺されるという事件が起き、マルセルは靴磨き仲間のベトナム人と一緒に逃げ出す。どうやら人身売買をめぐる抗争があるようだ。
港に放置されたコンテナから、大勢のアフリカからの密航者が見つかる。

一方、マルセルの妻が突然倒れ、入院した病院で余命宣告を受けるのだが、夫には秘密にしてほしいと医師に口止めする。
そんなこととは知らないマルセルは、密航した少年が港に隠れているのを見つける。
少年は、ロンドンにいる母のところに行こうとして、祖父とコンテナに乗っていたのだ。
今や警察に追われる身の少年をマルセルは匿い、近隣の人々とも協力して祖父を探し出し、旅行費を工面しようとする。
追跡する警察・・・。果たして少年はロンドンに行けるのか?

と、まあこんな話である。
最後はびっくりするような結末なので、ここに書くのは控えるが。

すぐに気づくのは、正面から顔をアップにしたショットが多いこと。
あきらかにカウリスマキが尊敬しているという小津安二郎の影響が見て取れる。
人々の生活ぶりの描き方、雰囲気も、小津風である。

これと同じような手法が、英国とイタリアの合作映画『おみおくりの作法』でも見られた。
この映画の監督・脚本・製作を担当し、第70回ヴェネチア国際映画祭のオリゾンティ部門で監督賞を受賞したウベルト・パゾリーニも小津安二郎の大のファンで、小津の映画を意識して作ったというから、小津がヨーロッパの映画人に与えた影響がいかに大きなものだったかが分かる。

『ル・アーヴル』の中ではライカ犬だけでなく、登場人物の名前がいろいろな過去の映画にちなんでつけられていたり、
『おみおくりの作法』でもあるショットが『ほくの伯父さん』で有名なジャック・タチ監督へのオマージュとなっているなど、
過去の映画を自分の作品に積極的に反映させようとしているのは、興味深い。
普通だったら、真似だとか、ひどい場合は盗作だとかの非難を受けかねないだろうから。
どういうメッセージなのだろう。
インターネットの時代、映画の先行きが危ぶまれるから?

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掘り出し物 [こんなことあんなこと]

毎週実家の整理に通っている。やってもやっても片付かないが。

昨日は、自分の部屋の整理に取り掛かり、本棚の上にあった大きな段ボール箱を整理することにした。
外から見ているとしっかりした段ボールだと思っていたのに、下ろしてみると蓋の部分は日に焼けてボロボロ。触るとバラバラになった。

中にあったのは、手紙やはがきの束。
小学校時代から大学の教養学部の時代までが詰め込まれていた。
昔はメールやSNSはもちろん、電話だってすべての家にあったわけではなかったので、子どもでもよく手紙のやり取りをしていたのだ。
とくに、小学校の途中で東京に転向していった厚子ちゃんとは、毎週どころか、週に何回かの頻度でやり取りしていた。ほとんど日記替わりというか、LINEに近いか。
でもLINEなら、長くても数行、二言三言程度だろうが、なんと毎回、便せん数枚にわたってたわいもないことを書き綴っている。
けっこう世の中を嘆いていたりして、昔の子どもはよく考えていた?

驚いたのはその値段。
一番古いのは、手紙が10円、葉書が5円。
それがまもなく7円と15円に値上がりしている。高度経済成長期に差し掛かったのだ。

中学に入ると、カナダのケベックに住む女子中学生がペンパルになり、航空便のやり取りが始まる。
その頃はペンパルというのが流行っていたのだ。
英文で手紙を書くのは今でもしんどいものだが、最低でも月1回はやり取りしていたんじゃないかな。確かお母さんがナースをしていたと思う。

よく覚えていないのだけれど、担任だった英語の先生からの課題だろうか、数十題もの英文和訳の答えが書かれた(書いたのはもちろん私)レポート用紙5,6枚に、先生の添削と助言が書き込まれた手紙が2通もあった。
昔の先生はすごかったのね。おかげで力が付きました。

大学に入ってからも、結構同級生などとも手紙やはがきをやり取りしている。
入学してすぐ、本郷の医学部で始まった東大闘争が教養学部のある駒場にも波及してきて、クラスで討論会をやるという通知のはがきがあった。
手書きのガリ版刷りである。
駒場祭にクラスとして何を出店するかなんて話し合ったりしていて、その話し合いの結果もはがきで送られてきていた。
今のような同朋メールがあったら、もっと簡単だったと思うけど・・・。
でも、はがきや手紙だからこうして残っているわけで、メールはそう長くは取っておけないからね。

東大闘争に突入してからは、同級生や茶道同好会、当時かかわっていた救援対策本部(今もその電話番号が使われているらしくて、驚く)の仲間たちと、頻繁に手紙をやりとりしていた。とくに夏休みや冬休みなど、離れたときには、必ず。
こんなつながりあったっけ、という人もいて、
同級生が逮捕された後の、家族とのやりとりの手紙もあった。

中でも、サークルの先輩からの手紙は毎回10枚近くになる大論文。
だからって彼氏でも何でもなかったのが不思議。
安田講堂の攻防に次ぐ授業再開や休学といった疾風怒濤の時期を経て、いつのまにか疎遠になった。
どこでどうしているのやら。

毎月のお小遣いと一緒に送られてきた母親からの手紙もあった。
覚えていなかったのだけれど、ワンピースを仕立てて送ってくれたことや、今後、こういうことはできないかもということのついでに、父親が会社を辞め、上京を考えているという内容の手紙もあり、こんなこと書いて送ってきてたんだと改めて驚く。
当時は自分のことで精いっぱいだったからね。
授業再開とともに、大学に残るかどうか悩んでいたときには、父から慎重に考えるようにとの手紙があった。
科学は日進月歩、だから時間を無駄にしないようにとの内容。
まだ、理学部進学を期待されていた頃だ。

中身をいちいち出して読んでいるうちに、結局、数時間かけても整理できず、また来週に持ち越し。
こんなことをしていると絶対に片付かないね。

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学会の新機軸~疲れたぁ [こんなことあんなこと]

先週、札幌で日本精神保健看護学会があり、つごう4日間も北海道で過ごして東京に戻ってくると、あまりの蒸し暑さにゲンナリ。
札幌では最初の日の夜こそ、ダウンを着ていたが、それ以降はさほど寒くもなく(慣れたのかもしれない)、快適に過ごせた。
最後の日は雨だったけれど、帰る頃には何とか上がって、晴れ女の霊力もぎりぎり保てた。

今回の学会では、最後に「対話シンポジウム」と銘打ったプログラムがあった。
大会長の考案になる新機軸の試み。

まず、壇上に当事者のグループと、専門職(看護職)のグループの2つが上がり、最初に当事者がグループセッションを25分行い、次にそれを受けて、看護職グループがグループのセッションを20分行う。
さらにそれを受けて当事者グループを20分、そして看護職グループを15分。
ま、行ってみればリフレクティングの手法を用いたオープンダイアローグのようなもの。

その後、フロアで小グループを作って話し合った後に、それを全体にフィードバックしてもらい、壇上の2つのグループを合体させて大グループでリフレクティングセッション。
そして最後にフロアと檀上の直接的やりとり。

私は最初の看護職グループのコンダクターと両者を合体した大グループのコンダクターを頼まれて務めたが、リフレクティンググループは実際にやった経験もなく、オープンダイアローグは下平さんの講演とビデオを見た程度。
ま、いつものグループだと思ってやるしかないと、腹をくくることにした。

当事者のグループの面々は、べてるの家の伊藤さんをはじめ、地域で積極的に活動している当事者ばかり4人。中には入院経験がないという人もいた。
なので、看護師の印象を聞いても、ほとんど印象に残っていないという感じ。
むしろ「仲間」が支えになったことを強調していた。

さらにみな、ピアサポートの活動などで、援助のセミプロ的な仕事をしていたり、少なくとも過去にやった経験があり、ほとんど「当事者」と「専門職」の境がなく、むしろ生き生きと楽し気に自分のことを語っており、「専門職」がかすむくらいだった。
その悩みを聞いていると、まさにスタッフの悩みなのが面白かった。

看護職グループは、最初に当事者たちに印象が薄いという現実を突きつけられて、寂しい気持ちになっていたうえに、病院でバーンアウトして、今は訪問看護ステーションで働いているというメンバーがいたこともあって、スタッフが患者さんに癒され、サポートされるという図柄が鮮明になった。
実際、病棟でもこれが現実なのだろう。
いくら「スタッフでござい」という顔をしていてもね。

ただ、看護職グループのメンバーも、4人中3人が地域活動をしている人たちで、
残り1人も、当事者活動に理解のある看護部長さんだったので、
当事者対看護職という対比は、ちょっとぼけてたかも。

フロアの方々は皆さん、面白かったと後で言って下さったが、
フロアとのやりとりは、小グループにしたり、いったんフロアーのコンダクターにフィードバックしてもらったりせずに、もうちょっと直接的にやってもよかったんじゃないかと思う。

集団精神療法学会では、フロアが大グループとして機能するさまをよく見ているので、できると思うけど、ほかの学会では慣れないから難しいのかしら。

細切れのセッションを何回もやって、疲れてしまった。
見ていた人たちも、ハラハラして疲れたのでは?
当事者の人たちも、すごく頑張っていたから、さぞや疲れたのではないかな。
私もシンポジウム修了後にみんなをねぎらうゆとりがなかったのが、心残り。

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幸せだなあ [こんなことあんなこと]

新築マンションも20年近く住み続けていると、あちらこちらに不具合が出てくる。
それもなぜかいっぺんに。

まずはキッチンの浄水器を設置した水栓から水漏れがするようになった。
洗面所の洗面台の蛇口からも水漏れ。

リビングに2つある蛍光灯の一つがついたり消えたりするのは、何年も前から。
ただ、私の背丈では、脚立に乗っても届かなかったので、
街の電器屋さんに来てもらって取り替えようとしたが、なぜか取り外しができなかった。
製造元に取り外し方を聞いてみますと言って帰っていったが、私の方も忙しくて放っていたら、その電器屋さんが閉店してしまった。

最近になり、寝室の蛍光灯も突然消えたかと思うと、しばらくしてパッとついたりするようになった。
いままでは夜寝る前くらいしか使わなかったのが、今では寝室兼書斎となって、日中も仕事をするようになり、使用時間が長くなったせいかもしれない。
でも、自分では取り替えられないし…とグズグズしていたら、昨日、姉夫婦が工具一式を持参して来てくれて、蛍光灯を取り替えてくれることになった。ありがたい。

姉の旦那さんはこうした仕事はお茶の子さいさい。お手の物である。
電器屋さんもはずせなかった電灯にいろいろ手を焼いてはいたが、最後には見事取り外すことができた。
それで、蛍光灯の規格を確認したうえで、蛍光管と新しくLEDのシーリングライトを買いに行くことにした。

ついでなので、根津神社をお参りし、釜めしの店でランチの親子丼を食し、根津の赤札堂まで。
ここは、これが都心にあるスーパー?と初めて見た人はびっくりする。
姉たちもご同様。
なにせ不忍通りと言問い通りが交差する駅前にありながら、3階しかなく、地下もない。
エスカレータもなく、エレベータは業務用のが奥にあるだけ。普段は使わない。
蛍光管はあったけど、シーリングライトは売ってなかった。

そこで、上野のヨドバシカメラまで歩いて行こうということになった。
はじめは都バスでいこうとしたのだが、時刻表を見ると、上野公園行きは30分毎しかなく、行ったばかりだったからだ。
都心のバスが30分に1本しかない?とここでもびっくり。

外はカンカン照り。
でも、パンダ誕生で賑わっている上野公園の不忍池を突っ切っていけば、そう大変でもなさそう。
まずは、不忍池のほとりで弁天堂と、遠くに見えるスカイツリーをバックに記念写真。
さらに京成上野駅の中を突っ切って、ようやく上野駅前へ。

アメ横の入り口にめざすヨドバシカメラがあった。
電灯と同じ階に掃除機も売っていて、最新の国産のスティックタイプの軽さに驚く!
外国製のクリーナーを買ったばかりの私は、通販は手軽だけど、やっぱり店頭で実際に見て買うべきねと思う。
ただし、やたら高い!

すべてを買い揃えて、帰りは上野から山手線で。
戻ってさっそく付け替え。
蛍光管を取り替えるだけの作業は簡単だったけれど、LEDのシーリングライトを設置する段になって、ひと騒動。
蛍光管のようなものが付属していないのだ。
取説を読んでみても、LEDユニットと書いてあるだけで、ない。
ヨドバシカメラのおにいさんに、箱の中に蛍光管(?)も入っているかと聞いたら、「大丈夫です」と言っていたのに…。
ここは姉がじっくり取説を読んで、シーリングライトそのものにLEDが組み込まれているのではないかと言う。さすが、物理学科卒である。
正解だった。
ちゃんとすべてを天井の取り付け器具にはめ込んで、スイッチをONにすると、明るい光があふれた。長いこと、つかなかった明かりが…。
しかも、リモコンで白色から太陽光の色まで変えられるし、明るさも徐々に変えられる。
感動である。

その後、はずれてしまって、二度と窓枠に入らなくなった網戸まで、ああでもない、こうでもないとやってくれて、見事はめてもらった。職人芸である。
なんてありがたいんでしょう。

ついでに水栓を見てもらったけれど、こちらは業者に頼むしかないという結論に納得。

新しい電灯は明るいし、二人にいろいろ一生懸命やってもらって、ひさびさに幸福感にひたった一日となりました。

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ハガキの値上げ

6月1日、封書をポストに投函した直後、そこに貼り付けられたおしらせが目に入った。
まさにその日から、ハガキが62円になる。
ニュースで聞いてはいたが、その日から値上がりするとは。
一瞬、投函した封書の切手も足りないかもしれないと、とっさに不安になったが
そこにはハガキが62円になるということだけしか書いてなかったので、それ以外は値段は据え置きなんだと思うことにした。

後で調べたら、正解だった。
ただ、年賀状は52円の据え置き。
通常ハガキでも年賀と書いておけば52円で送れるらしい。もちろん年賀ハガキの受付期間に限るわけだけど。
でも、それじゃあ、かもめ〜るは?
正解は、62円! 変だよね。

ほかにも
「定形外」の値段が、規格内と規格外の2種類になって、規格外がかなり高くなる。
ただし、規格内だと500g以上で安くなる。
ゆうパックは当面、値上げしないそうだ。当面とはいつごろまでなのかな。

これまで研究会のおしらせ用にハガキをまとめて購入してあったので、
さっそく10円切手と絵葉書用に62円切手を購入した。

10円切手は「トキ」の図柄。
一瞬「サギ」かなと思い、すぐに「詐欺」を連想したが、違った。

62円切手は、なんと桜の図柄。
なんで、6月から使う切手なのに、桜なんだろう?
紫陽花とかだったら、ちょうどよかったのに。
もしかしたら、当初、4月1日からの値上げを目論んでいたのかもね。

ちょうど年金額の減額通知が届いたばかりだったし、
けっこうあれこれ値上げがあって、年金生活者にとっては厳しくなっていく。
私はまだいいけれど、これから高齢者が年金でやっていけなくなって(これはかなりありうる)、大半が生活保護受給なんてことになったら、日本はどういうことになるのだろう。
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勝手に変えないで [日々の出来事うっぷんばなし]

前にも同じタイトルで愚痴ったことがあると思うのだけれど、
パソコンがアップデートと称して、たびたび仕様が変更になり、不便している。
壁紙をせっかく選んだのに、勝手に変えられるし、
トップページもせっかく設定したのに、これも勝手なページが追加されてしまう。
それもちょくちょく。

新しいページを開くときは、これまではよく開くサイトのアイコンが並んでいたのに、今はSNSのアイコンが並んでいるだけ。
シャットダウンする際に、検索履歴を削除する設定にしたせいかもしれない。
速度が遅くなった気がして、やってみたのだけど。

そんなこんなで、PCの嗜癖状態がひどくなるばかり。

一方の嗜癖になりかねない、ケーブルテレビも勝手に変わった。
6月1日(そう、今日!)に突然、いつも見ていた2つの海外ドラマのチャンネルが映らなくなり、「契約されていません」というメッセージが出るようになったのだ。

いろいろやってみたが、どうもうまくいかない。
CATVの会社に電話したら、映らなくなったチャンネルは、ハイビジョン化されて、チャンネルが変わったのだそうだ。
4月ごろから冊子に何か変わるってことが書いてあったけど、読んだうえで、うちは関係ないと思っていたのが、これなのか。
今月号を見たけど、そんな注意書きはなかった。

これまで700台だったチャンネル番号が、200台になったという。
継続して映っているのは、ハイビジョン化しておらず、同じ700台のまま。

いつも番組表を開いて、そこから見たい番組を探していたので、700~200のチャンネルをザッピングするのは大変。
電話窓口のおねえさんは「3ケタ入力でも見られますよ」というが、
そんな3ケタの数字を何チャンネル分も覚えていられるわけがない。
おねえさんは「毎月送られてくるケーブルTVの冊子に一覧表があります」という。
確かにあるよ。
でも、TVを見るたびに、冊子を探してそれを見ろっていうの?

その後、お好みのチャンネルをリモコンの数字ボタンに設定するという技を思い出した。
最初に設定したまますっかり忘れていた。
しまい込んでいた取扱説明書を引っ張り出して、リモコンでのチャンネル設定の仕方を探し出し、見事、更新に成功!
チャンネル1~9にすべてのお気に入りチャンネルを設定することができた。
こういうのは、嫌いじゃないんだな。
電話窓口のお姉さんも、その手があるってことを知ってたほうがいいと思うよ。

ま、この程度の変更ならば、どうにかこうにか対応が可能だけど、
あまり勝手に変えないでよね。
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おそるべし、星占い [日々の出来事うっぷんばなし]

4月6日のこのブログに、ある雑誌に載っていた星占いについて、こんなことを書いていた。

「4/8~4/14の間は、あなたの住まいや家族関係、専門分野について、大きな動きがあるでしょう。・・・5/19頃、そろそろ覚悟を決めなければならないようですよ!」

この不吉な占いが、なんとぴったり当たっていた。
 
4月10日(月)に実家で一人暮らしをしていた母が、心筋梗塞で他界したのである。
週末には1泊して一緒に過ごすようにしていたのだが、その週は風邪気味だったので
熱を測ったりしていた。
その時は熱はなかったが、翌月曜日の夕方、普段はやらないことなのだけど
気になって電話し体調を確認した、その晩のことだった。
翌日、デイサービスの人からの連絡で、姉が行ったときには、旅立った後だった。
そして14日には通夜、15日には家族葬で見送った。
その週、定期的なグループが2つ、学会理事会が一つあり、
急きょすべてを欠席せざるを得なかった。

まさに「住まいや家族関係、専門分野について、大きな動き」だった。
時期もぴったり!

「5月19日に覚悟を決める」ようなことは特段なかったけれど、
いずれにしても覚悟を決めざるを得ない、出来事ではあった。

この間、あれやこれやあれやこれや、公私ともに以前から決まっていたことも含めて、やらなければならないことだらけで、てんやわんやとはこのことであった。

しかも、しなければならないお役所や関係各所への届けが山のようにあって、
戸籍謄本、住民票、印鑑証明書などなどいちいち取りに行かなければならず、
なんど区役所に足を運んだかしれない。
そのたびに、日本のお役所や制度の壁にぶつかって、怒りまくった。

たとえば、
結婚して戸籍を離脱した姉と母は、古い戸籍謄本を取り寄せなければ親子関係が認められず、受け付けられないとか。
市営墓地の使用権をそのまま継承できるのは、「配偶者と長男だけ」だとか!
いったいいつの時代の話だといいたくなった。

それに、私は運転免許証をもっておらず(取得したのだが、結局一度も運転しないまま、更新するのをやめてしまった)、気づくとパスポートまで期限切れで、本人証明ができる書類が保険証だけになってしまっていた。
合わせてクレジットカードや診察券でもいいというところもあったが、
両親の生年月日や干支を質問されて、正解すればOKというときもあった。
このとき、父の生年月日が1日ずれていて、窓口の人が目で合図してくれて、ようやく正解にたどり着いたり…。
こんな茶番劇みたいなことを、なんでしなくちゃいけないのか。

おまけに、4月もまだ半ばという時期である。
どこも新人の研修期間で、窓口の人も、上席の職員にいちいち聞きながらの作業なのである。
5月に入ったら新人に代わって、ほとんど派遣社員ばかりになった。
常態に戻ったということか。

ところで、
母は88歳まで月2回、高田馬場の染織教室にラッシュアワーのバスと電車を乗り継いで通っていた。
さすがに歩くのがきつくなって辞めたのだが、90歳を超えて膝や肩の痛みがひどくなっても、掃除・洗濯などの家事を人一倍きちんとこなし、頼んだヘルパーは気に入らずに辞めさせていた。

以前は、老後はホームに入ると言い、パンフレットを取り寄せたりしていたのだが、いざとなると「どこにも行かない。この家で死ぬ!」と言い張り、会えば早く死にたいと恨み言のように言うようになっていた。
というわけで、「お寂しいでしょう」などと心配して声をかけて下さる方には申し訳ないのだが、寂しいとか悲しいとかよりは、正直ほっとしたという気持ちのほうが強い。
母らしく、自分の思いどおりに貫き通したと思うからである。

むしろ、ほぼ毎日母と垣根越しに話をし、ときどきおかずを作って持ってきてくれていた隣の奥さんのほうが親身になって悲しんでくれて、2週間ほどボーっとして落ち込んでいたと話していた。
ありがたいことである。

さて、星占いだが、今月の占いはちょっと見る気がしなかった。

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読み直し?記憶が・・・ [本のはなし]

前々回のブログで,あさのあつこさんの弥勒シリーズ『冬天の昴(とうてんのすばる)』(光文社文庫)を紹介した。
その際、前作『東雲の途』のことにも触れたのだが、どうもこれを読んだかどうかがあいまいで、読んだならブログに書いているだろうと思い検索してみたら、載っていなかった。

それで、改めて光文社文庫の『東雲の途』を買って読んでみた。
なにしろ、面白そうだと思って買って読んだ本が、すでに以前読んだことのある本だと途中で気づくなんてことがままあるので、恐る恐る読み進んだ。
読んだことがあるような、ないような…で読み進み、結局、最後に読まなかったようだという結論に到達。(でも、すっきりしない・・・。まさか認知症が進んだなんて?)

この巻は、橋の下で見つかった死体の腹の中から瑠璃が見つかるという、異様な事件をきっかけに、遠野屋清之介が西の生国に帰って過去の因縁を清算しようとする、という話である。
その旅に、岡っ引きの伊佐治が同行する。

なので、このシリーズの面白いところでもある、遠野屋清之介と小暮信次郎のからみ(探り合い)は最初のほうにあるだけで、途中からは信次郎も姿を見せず、瑠璃をめぐる謎解きと追手との果し合いのサスペンスが中心となる。
その分、このシリーズの特徴でもある人情話としての面白味も、若干薄い。
(だから、読んだ記憶がないのだろうか)

裏表紙には「著者がシリーズ史上ないほど壮大なスケールで描く「生と死」」と書かれてあるが…。清之介がなぜ生国に戻ろうとしたのか、瑠璃にはどのような秘密が隠されているのか。
やがて、山奥に埋もれたおどろくべき歴史の真実が明らかになっていく…。
「壮大なスケール」かどうかは・・・?
ただ、このシリーズでたびたび侍を捨て、商人となった遠野屋が、社会の在り方、とくに商業や経済というものの意味について独自の考えを語るところは、高田郁の「あきない世傳」シリーズとも共通していて、ちょっと現代社会の批判になっているのかなと思う。


それに、この巻には『冬天の昴』に登場する同心小暮信次郎の女、品川の宿「上総屋」の女将「お仙」や、小間物問屋遠野屋で清之介の片腕となっている「おうの」らが登場し、過去の経緯が語られており、武家の次男として生まれた清之介がどうして江戸の小間物商となったのか、小暮信次郎が怪しんで執拗に探ろうとしている清之介の過去の因縁がどんなものだったのかも説明されている。

というわけで、後から読んでもそれはそれでなるほどという読み方ができて、それはそれで面白かった。

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あまり変えないで。 [日々の出来事うっぷんばなし]

このところ、OutlookだかMicrosoftだか,責任の所在はわからないが、
メールの受信トレイやwebのトップサイトの表示の仕方が勝手にコロコロ変わって、
受信したメールが勝手に削除メールのトレイに入っていたり、
受信メールが一瞬現れて、消えてしまったり、勝手に処理されていることが多くなった。
(誰からかわかったので、再送してもらった)

ほかにも、これまではよく使うページのリストがすぐに表示されたのに、
それがなくなって、いちいち探さなくてはならなくなったり、とっても使い勝手が悪くなった。

受信トレイも、「優先」と「その他」に分かれてしまい、
いちいち両方を確認しなければならなくなったし。
最初にこの変更への意見のアンケートがあったので、「面倒になった」と回答したけど、
それ以外にも言いたいことが山ほどあるのに、アンケートは1回答えたら、次には現れなくなった。
ほんとうに迷惑な話だ。
これは「フィルター」ってところをクリックして、「優先トレイを表示」のチェックを外したら、優先とその他の区別はなくなったけど、これで大丈夫なんだろうか。
かってにちょこちょこ変えないで!と言いたい。

こういう不満はどこに伝えればいいんだろうね。


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