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『精霊たちの家』 [本と映画のはなし]

私の好きな映画に『愛と精霊の家』がある。
1993年の映画で、スクリーンではなくテレビで2回ほど見た。
映画は、メリル・ストリープ、アントニオ・バンデラス、ジェレミー・アイアンズ、グレン・クロース、ウィノナ・ライダー、ヴァネッサ・レッドグレイヴなど、そうそうたる俳優が出演しているが、その割に話題にならなかったように思う。

私が気に入ったのは、この映画が南米のチリを舞台にした一種の時代劇なのだが、主人公クララ(メリル・ストリープ)は予知能力をもち、精霊と会話する能力をもつという、ファンタジーが混じったストーリだったこと。
『メアリー・ポピンズ』『E.T.』『ショコラ』などなど、リアルな世界とファンタジーの世界が交差する物語が大好きなのだ。

クララが亡くなる前に孫娘(ウィノナ・ライダー)に語りかける、“Life is a miracle, life is a gift”という言葉に、ぐっと来てしまった。
そこに大きな世界観が詰まっているように感じて。
でも、あんまりこの映画のことについて誰かと話をしたこともなかった。

ところが、本屋で『精霊たちの家』(上下、河出文庫)を見つけて、すぐにあの物語だ!と分かった。
でも、なぜ今頃?
後付けに、池澤夏樹=個人編集 世界文学全集Ⅱ-07を文庫化したものですという解説があり、ああそんな全集に載るくらいの有名な文学作品なのだとわかった次第。
おそまきながらもいいところ。

この物語の作者はイザベル・アジェンデ。
ある程度の年齢の人なら、この名前に何か思い当たることがあるだろう。
1973年にクーデターで暗殺されたチリのアジェンデ大統領の姪っ子なのだ。
彼女自身も身の危険を感じ、亡命したベネズエラでこの小説は書かれた。

本のストーリよりも、作者本人の個人史を紹介しよう。
それはこの物語とオーバーラップしているので。

彼女は父が外交官だったため、赴任先のペルーで生まれるが、まもなく両親が離婚し、
彼女と母親はペルーの祖父母のもとで暮らすことになる。
その時住んだお屋敷が、この物語の舞台にそのまま反映している。
この祖母が、クララのモデルだそうで、実際に心霊術を行ったりしたそうだ。

その後、母の交際相手の外交官とともにボリビアやベイルートで生活するが、
その異邦人の生活が、彼女の作品に結実しているといってもよいようだ。
レバノン内戦の激化でベイルートからチリに帰国した彼女は、高校を卒業してすぐ、国連の出先機関に勤め、間もなく雑誌やテレビ関係の仕事をするジャーナリストとなる。

そして、この本にも偉大な《詩人》として登場する、ノーベル文学賞を受賞したパブロ・ネルーダとインタビューした際に、君は最低のジャーナリストだ。豊かな感受性や空想力がありすぎて、今にとんでもない嘘をつくことになる。だから文学をやりなさいと言われたのがきっかけで、物書きになったのだという。

しかし、その後もジャーナリストとして働いていたが、叔父サルバドール・アジェンデが選挙に勝利して政権についた後、ピノチェットの率いる軍部のクーデターによって、暗殺されるという事件が起こる。
軍部の恐怖政治が国を支配するなかで、彼女は人々の救済と支援に当たるが、ついに職を追われ、夫と子どもとともにベネズエラに亡命したのである。
そこでこの物語を書いたわけだが、それは一種の悪魔祓いの儀式だと彼女は書いている。

原作は3世代に及ぶ大河小説であり、映画もそれを忠実に描いているとはいえ、クララたちが体験した残虐非道な世界は、とても映画では描き切れない、小説ならではのものである。
だが、それも作者自身が実際に体験したことと思うと、戦慄が走る。
人間はどこまで残酷になれるのだろうか。

そうした歴史的政治的ドラマと並行して、この物語にはロマンスや夫婦の裏切り・嫉妬などの家族ドラマもある。ややこしすぎて、映画を1回観ただけではストーリがつかめなかった。

だが、小説を読んでも、どこか常識-少なくとも日本人の-を超えた関係性で、
登場人物に感情移入をする一方で、あまりに狂気じみているために、ついつい気づくと距離を取って読んでいた。
ちなみに、映画の中で狂気を演じて印象的だったのは、クララを愛する義理の姉を演じたグレン・クローズ。彼女はこうした役を演じるとすごい。

ところで変な連想だけど、日本とチリの文化の違いなどを考えていて、この小説と対置する日本の文学はと考えて、思い浮かんだのは「源氏物語」だった。
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小倉のそれから [旅のはなし]

二日目の小倉は、午後からの仕事だったので、またまた旦過市場へ。
小倉駅からモノレールで2駅。ところが1つ手前で魚町銀天街へ行けるとわかり、急遽途中下車。
なつかしい。
といっても、私が知ってる魚町銀天街はこんなに立派じゃなかったような気がする。
でも、中学・高校でお世話になったカナダ人修道女が晩年、卒業生がやっている銀天街の喫茶店に行ってコーヒーを飲むのを楽しみにしていたと聞いた。
本来なら、定年でカナダの修道院本部に帰国するはずだったのだが、最期まで日本で過ごしたいと言って残ったのだという。
私が小学校の頃は、修道女は足首までの長さの黒いドレスとノリのきいた白いとんがり帽子と長いアゴがついたのようなベールで顔を覆った修道服で、一人で街中を歩くというようなことはできなかった。
その後、とんがり帽子とアゴはなくなり、スカート丈も短くなり、グレーになって、全体に明るくなった。
今では私服になっているから、きっと私服で銀天街まで外出してたんだろうな。
その頃、一緒にお茶したかったなあと思う。
日本に長くなって、カナダに帰省すると、変な英語をしゃべっていると家族が笑ったそうだ。
日本語訛りになってしまったらしい。

そんなことを思い出しながら、銀天街を通り抜け、旦過市場に。
牡蠣やさざえがたくさん。さざえって夏の物だと思ってたけど、ちがうのね。
でっかいアワビも。
旦過市場のうれしいところは、魚が一匹一匹綺麗に並べられて売られているところ。
東京の魚屋みたいに発泡スチロールに詰め込まれたり、ざるに山になって入れられたりしていないのだ。
なんと、発泡スチロールに水を張った中に、数匹のフグが泳いでいた。
生きたまま売られているんだ。 

野菜もいろいろだったけど、やっぱり高いようだった。
イチゴを買って行きたかったけれど、仕事前だったので、買えなくて残念。

旦過市場から、会場まで地図を見たら近そうだったので、歩いて行くことにした。
スマホで調べたら、徒歩16分とあった。
東京ならぜったい歩かない距離だ。
でも、出てくるとき東京は雪だったので、キャリーバッグはやめて、リュックにしたので歩きやすいと思ったのだが・・・。
リュックの重さまでは考えなかった。

結局、20分以上歩いて到着。よく歩いた。
帰京して翌朝、下半身の筋肉痛で目が覚めた。
新しい体重計で見ると、筋肉量が増えていた!
このくらいの荷物を背負って、このくらい歩くといいってことね。
2日にわたって通算4時間、立ったまま講義とワークショップをしたのも、響いたみたい。
日頃の運動不足がたたったってことか。

それにしても、私を呼んでくれた女医さんが、高校の後輩だとわかったんだけど、なんと15歳も年下だった。
ちょっとがっくり。
でも、お世話になった先生方の多くは亡くなられているし、親しかった友も同じく。
確実に時間は過ぎ去っているということを改めて実感。

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小倉の夜

1年ぶりの小倉。お昼すぎの便が雪で飛ぶのかどうか心配して1時間早く家を出たら、何のことはない、すべてスムースに行って、新しい京風のパスタのお店でベーコンとドライトマトとオリーブのゆずソースあえなんて珍しいランチも堪能できた。おいしかった[わーい(嬉しい顔)][レストラン][黒ハート]

北九州空港についたら、空はどんより分厚い雲に覆われ、冷たい霧のような氷雨が降っていた。そうそう、これが北九州の冬だったなと、しばし感慨にふける。

夕方、さる病院で1時間講義して、夜は小倉駅で子牛の牛タン定食をいただく。[わーい(嬉しい顔)][レストラン][黒ハート]これも絶品!
前回は宿の近くに美味しい店がなくて、さんざんな目にあったので、今度は駅近くに宿をとって正解だった。
ひとり飯はちょっとわびしいけど、カロリーだけはたっぷり。
2018-02-02T20:36:55.jpg

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自分の身体をチェック [こんなことあんなこと]

カードのポイントがたまったので、タニタ食堂おすすめ、という体重計に交換した。
正しくは、「体組成計」というらしい。

これまで毎週実家に行くたびに、入浴前に古い体重計に乗っていたが、それも処分してしまったので、お正月にぶくぶく太ったのではないかと心配になって。

新しい体重計、もとい体組成計は、従来のより厚さも幅も、重さもぐっとスリムになって、何処に置いても邪魔にならない。
大体A4版サイズを正方形にした感じ。

おまけに、立てておいても、横にして使うときには、機械の誤差を自動的に調整するんだそうだ。
というか、立てておくと誤差が生じるなんてこと自体、知らなかった。

おまけに、
「健康をはかる」「カラダをまるごとチェック」と標榜している通り、測るのは体重だけではない。
もちろん、実家の体重計もBMIらしき数字をはじき出し、4とか5とか数字で評価してくれていたけれど。
こちらは、最初に生年月日と性別、身長、体重を入力すれば、あとは乗るだけで体重の表示が出て、下りると、BMI→体脂肪率が次々と表示される。
さらに、筋肉量 → 内臓脂肪レベル → 基礎代謝 の数値が出て、最後に 「体内年齢」というのが、表示されるのだ。かしこい!

それに、それぞれの測定値に標準より上か下かなども判定してくれ、これまで実家の体重計ではちょっとBMIが標準を上回る?と心配していたのだが、標準と判定された。よかった。

たいていが標準の中に納まり、内臓脂肪も大丈夫だったし、基礎代謝も多いと判定されたのだが、唯一、筋肉量が少ない!と出た。
日ごろの運動不足が如実に表れたわけで、機械に叱られた感じ。

それでも、最終判断としての体内年齢は、なんと実年齢より10歳も若かった!! まだ50代ですよ!!
でも・・・
翌日、ちょっと食べすぎたかなと思ったら、体内年齢が1歳増えていた。
そんな、1日で1歳年を取るなんて…。
翌日は、若干食べる量をセーブしたら、元に戻っていた。感じやすいのね。

とうぶん、この機械の指導に従ってみよう。
そうそう、あと「骨密度」を測定してくれると文句ないんだけどな。





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家仕舞い [こんなことあんなこと]

今日、実家の家仕舞いをした。

これまで毎週通って、姉と一緒に少しずつ整理をしてきたが、1月いっぱいで不動産屋さんに引き渡すため、最後はリサイクル業者を頼んで、家の中を空っぽにすることになった。

売れるものは売り、譲れるものは譲り、捨てるものは捨ててきた。
なので、2、3時間もあれば済むだろうと思っていたが、甘かった。

10時前にトラック3台が到着。スタッフも5、6人。
タンスや本棚、ベッド、ふとん(たくさん)、机、ソファー、サイドテーブル、ダイニングセット、エアコンなどなどの大物家具のほかに、電器製品、本、服や靴、食器、人形、化粧品、洗剤や薬品、掃除道具など、細々としたものが出るわ出るわ。
タンスの裏にはびっしり綿ぼこり。
あれだけ捨ててもこんなにあったかと驚くばかり。
それでもさすが本職の方々。狭いところをせっせと運びだす。
さらには、外の大きな物置、エアコン室外機、物干しや植木鉢や棚の類も運ぶ。
木の枝が邪魔になって運び出せず、お隣さんから枝切り鋏を借りて、枝切り。
お昼休みを入れて、終わったのは午後4時。
6時間の大仕事。
やっと終わって、3台のトラックが出て行った直後、門扉の脇の灯りが残っていることに気づき、電話で呼び戻す。

48年前、姉と二人で、九州から実家の荷物を積んだトラックを新居に迎えたときのことを思い出す。
そして今、やっぱり姉と二人で残りの荷物を積みこんだトラックが出て行くのを見送った。
ほぼ半世紀にわたるこの家の歴史がこうして閉じた。

母が亡くなってから、よくひとからお寂しいでしょうと聞かれるが、
素直に「はい、そうですね」と言えない複雑な気持ちがある。
正直に言ってほっとした気持ちもあるし、言葉にとてもしにくい。

だが、この土地との縁がこれですっかりなくなってしまうと思うと、それは悲しいし、寂しい。
育った九州の土地にもすでに家は影も形もなくなっており、親しい友達も亡くなってしまったりしてつながりがほとんどなくなってしまった。

こうやって人生が終わっていくのかなあと思うと、それも寂しい気持ちになる。
時間が過ぎるのが本当に早すぎて、ついていけない感じ。
あとは、自分自身がどうしていくのか、真剣に考えなくちゃいけないのだな。


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本屋大賞の本を読む 本屋の話 [本のはなし]

本が好きなので、本屋や図書館がらみの本はたいてい読みたくなる。
今回は、『書店主フィクリーのものがたり』(早川epi 文庫)という本。
帯に本屋大賞第1位(翻訳小説部門)と謳ってある。
本屋さんだから本屋が主人公の小説は、ぜったいはずさないだろうな。

著者は、ガブリエル・ゼヴィン。
ネットには、「1977年ニューヨーク生まれ。ハーバード大学を卒業したのち、映画の脚本の仕事に携わる。」としか紹介がない。
その後、ヤングアダルト小説を書き始めて、2014年にこの本がベストセラーになったらしい。

まだ30代のときに書いたものにしては、えらく老成した主人公だ。
プリンストン大学の大学院でエドガー・アラン・ポーを研究していたという主人公フィクリーは、その一方で、大学のアカペラ・グループでは第2テナーを務め、ロックバンドの歌っていたという人物。インド人の血が混じっているらしい。

妻の助言にしたがって、妻の故郷アリス島に移住し、そこで「アイランド・ブックス」という本屋を開く。2階が住まい。
この本の、「本屋のない町なんて町じゃない」という言葉が、ずしっと響く。
どこも「町じゃない町」ばかりになって来つつあるから。

ここでは著者を招いての読書会なども開催している。
読書クラブって本当にアメリカの文化なのね。
以前、刑務所で読書クラブを開いている人の本を紹介したけど、ここでは警察署長。
島の警察署長ランビアーズは、この本屋が出来てから本に親しみだし、今では署員のための読書会も定期的に開いている。
ただし、本が売れるのは観光客が島に押し寄せる夏の間だけ。

ところで、この本のプロローグは、出版社の販売員アメリアがフェリーでアリス島に向かうシーンから始まる。
本好きのアメリアはすでに婚期を逃し、なかなかよい相手にも巡り合わないでいる。
彼女の向かった本屋の看板には、こんなことが書いてあった。

     島の本屋
   創業1999年
 アリス島唯一の優れた文学書籍販売元
 人間は孤島にあらず、書物は各々一つの世界なり

ちなみに、人間を孤島に例える言い方は、英語の文章によく出てくる。
もちろん、人間は孤島ではないというふうに、なのだけれど。
『ロビンソン・クルーソー』や『キャスタウェイ』など、孤島に流れ着いた人の物語もいろいろあるし。
日本では鬼ヶ島に鬼退治に行ったり、島流しにされたりするけど、島そのものを人間に見立てる発想ってないような気がする。

本筋に戻ります。

アメリアが訪れたアイランド・ブックスの店の中は、本が所狭しと積み上げられ、ちょっと動くと本の山が轟音を立てて床に崩れ落ちるありさま。
愛妻を車の事故で亡くしてから、店主のフィクリーは酒浸りの毎日だったのだ。
偏屈ぶりが講じて、本屋も閑古鳥が鳴く状態に。
話も聞かずに追い払おうとするフィクリーに、食い下がるアメリア。
ヤングアダルト小説なんて、と鼻もひっかけないような物言い。
著者のゼヴィンは、ヤングアダルト小説出身だから、自分を笑っているわけだ。

酔っては夢の中で今は亡き妻と会話している孤独なフィクリーにある日、不思議なことが起こる。
店唯一の稀覯本だったエドガー・アラン・ポーの『タマレーン』が盗まれたのだ。
同時に、彼に失神発作の症状があることがわかる。
だが、盗難騒ぎのおかげで、店は物見高い客で一時的に賑わう。

そんな時、店の中に褐色の肌の赤ん坊が置き去りにされたのだ。
マヤ、2歳。赤ん坊というより、幼児だ。
エルモの人形に手紙がついていた。(エルモの人形、私ももってる!)
本好きな子になってほしい。だから本がたくさんあるところで、そういうことに関心のある方たちの間て育ってほしい…と。

フィクリーはマヤを養子にすることに決める。

実はこの小説、物語と連動する形で、章ごとにフィクリーの好きな小説の感想が書かれている。
読んだことのない本も多いけど、本好きにはこれもワクワクするところ。
なかなか含蓄に富んだ言葉もある。
この感想文が、マヤへの手紙の形になっていくのだ。
手紙といっても読書指南といったところか。

マヤを引き取って育てるフィクリーに、アメリアは惹かれ、二人は愛し合うようになる。

とまあ、本のうんちくのあれこれの合間に、フィクリーとアメリアの恋の進展が描かれ、マヤの賢さも描かれ、さらには警察署長ランビアーズの恋などもあり、なかなかハートウォーミングな、ときに胸が熱くなる、そんな小説なのである。

社会派のミステリーにいささか疲れたところで
新年に読むにはもってこいの良い本だった。


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おかたづけ [こんなことあんなこと]

ほぼ一週間というもの、大みそかと元旦に根津神社に出かけたくらいで、あとはずっと自宅にこもって誰とも会わず、しゃべらずの日々。
周辺の商店は、3が日が過ぎてもまだお正月休みのところが多く、お買物もできない。
(セブンイレブンだけはやっていたが)
今日、ようやく近所の小さなスーパーが開いた。
東京と言ってもお正月は不便だ。
だからこそのおせちなんだろうけれど、すっかり忘れていた。

昨年末は、実家から運び込んだ段ボール箱の片づけであけくれ。
そのためのワイヤーの棚を2基購入。
女性でも一人で組み立てられますということで、やってみたが
何とか形にはなったものの、ちょっとちゃちで若干棚が斜め?

あとは本や衣類を処分して、空きスペースをつくるしかない。
クラシックのCD30枚はBook-Offにもっていき、940円。
ほとほと困るのは、ペーパー類。
プリントアウトした大量の資料を、改めて内容ごとに分類はしてみたものの、
ついつい手が止まり、読んでしまう。結局、はかどらない。
しかも、それで減るわけでなし…

会議の資料なんか、思い切って破棄してもよいのだが、
そうしたものに限って、後で必要になるのは、何故なんだろう。

USBに保存しても、けっこう探すのが厄介。
保存したことを忘れていたりするからなおさら。

身の回りには、みんな不要と言えば言えるものばかり。
必要なのは断捨離か…

母は、晩年、やたら片づけまくっていたけれど、それでも呆れるほど物が溜まっていた。
住まいが広ければ広いほど、物は溜まる。
すると、収納用品を購入する→しまい込み、忘れる→ないと思い、また買う・・・の悪循環だったのだ。

棚を買ったのは、間違いだったか…

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年末の中華街 [こんなことあんなこと]

ほぼ実家の整理がついて、今年は初めて実家に行かないお正月。
姉に秋田に誘われたけど、寒いところはとんでもないので、今年は一人で過ごすことにした。
でも、今日は横浜に住む甥っ子夫婦を誘って、石川町の広東料理のお店に行ってみた。
中華街でどこかおいしいお店を教えて、と横浜の友人に尋ねたら、
中華街においしい店はない!おいしい店はみんな東京にある!という驚くべき返事。

それでもと、石川町の鴻というお店を紹介してくれた。
こじんまりとした家庭的な雰囲気。
東京のホテルで修業したシェフが店を継いで、新しくしたみたい。
リセンヌ小路という場所にあった。

最初に頼んだのが、今日のおすすめ料理の「よだれ鶏」という料理。
焼いた鶏に甘辛くスパイシーな黒酢のたれがかかって、これが絶品。
パクチーが載ってて、これが美味しさを引き立てていた。
お店のおかみさんのお勧めで、残ったたれを水餃子に絡めて食べたら、これも絶品。
白麻婆豆腐は、色白なのに、ものすごいからい!青とうがらしを使っているんですって。
野菜とホタテの炒め物もおいしかったし、最後の杏仁豆腐もなめらかで、白いプリンのようだった。
帰りに中華街に寄って、いろいろなお茶を購入。ついでにタイガーバウムも。
肉まんは夕飯に。

それにしても、40年前に来た時に比べると、中華街の何という拡大ぶり!
だってあの頃は、まだ日中国交回復間もない頃で、そんなに中国人が日本中にあふれているなんて考えられなかった時代だものね。

70年代の半ば、浦和でべ平連の人たちと一緒に中国語教室を開き、
NHKの教育テレビで中国語講座の先生だった女性を呼んで、みんなで勉強しあった。
そのつてで、中華街の知り合いのお店に連れて行ってもらったのだった。
もっとも目的は、横浜港に入った中国の船を訪問して、中国人船員との交流をすること。
当時は、たばこが贅沢品だったらしく、たばこをふるまわれたりした。吸わなかったけど。
他にも、当時話題になった中国雑技団の公演の手伝いもして、楽屋裏で衣装にアイロンをかけたりもした。

文化大革命の時代だが、今でも記憶に残っていることがある。
若い中国人女性に将来のことを聞いた時、どのような職業に就きたいかという質問に、
「上の人が塩梅してくれる」。
「結婚はどんな人と?」と聞くと、それにも「上の人が塩梅してくれる」と答えたのだ。
上の人というのは、党の人らしい。共産党である。
「障害者」という言葉が通じなかったことにも驚いた。
街で車椅子に乗った人をみることなどないようだった。
まだまだそれどころではない経済状態だったのかもしれない。

そんなこんな経験から『天の半分』というフランスのフェミニストたちが文革時代の中国を訪問して、中国での女性の状況を報告した本を翻訳したのだった。
ちなみに『天の半分』というのは、毛沢東が天の半分は女性が担っているといった言葉から来ている。
でも、フランス人フェミニストの目には、そうした表向きの掛け声の裏に、伝統的な中国文化が抜きがたく残っていることがはっきりと映っていた。
なにせ、纏足の文化だったのですからね。
池谷薫監督の『延安の娘』にも、そうした現代中国の一面がよく描かれていた。
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NYの光と影 [おすすめシネマ]

このところ、土日も何かしらイベントがあって、ずっと休みがなかった。
月―火と2日続けてオフになり、ダラダラと撮りためてあった2本の映画のビデオを見た。

それがたまたまNYを舞台にした映画。
しかも、両方ともアパートが舞台で意味をもつ。

一つは、1992年製作の『ルームメイト』。
こちらは高級アパートに住む、かっこいいキャリア・ウーマンが主人公。
バツイチの恋人と暮らしていたが、前妻と寝たことを知り、追い出してしまう。
部屋代を賄うために、ルームメイトを新聞で募集し、黒髪で背の低い女性(冴えない女のイメージなんでしょうね)が応募してくる。
一緒に暮らし始めるが・・・・。

ということで、こちらは主人公が心理的に追い詰められていく、サイコスリラー。
でも、なんだか最初から筋が読めてしまうようなストーリー。
追いつめられていく主人公のほうが、なんておばかさん、としか思えない。

で、もう一つのほう。2003年の『イン・アメリカ―3つの小さな願いごと』。
これは、ジム・シェリダン監督の実体験に基づく、自伝的なストーリー。
私などの世代には、『マイ・レフトフット』が記憶に残る監督である。
監督の2人の娘が脚本を担当している。

『イン・アメリカ』のストーリー。
アイルランドの貧しい一家が、カナダを経由してアメリカ、NYへ車でやってくる。
たどり着いたのは、ジャンキーたちがたむろする一角の、古いボロボロのアパートの最上階。
エレベータはあるが、壊れている。
屋根は壊れ、ハトが寝床にしていた。
一家は、そこを自分たちの手で改修し、住処としていく。

夫ジョニーはNYで俳優になるべくオーディションを受けては落ち続け、タクシー運転手などの仕事をして何とか食い扶持を稼いでいる。
妻サラは、アイルランドでは教師をやっていたが、NYでは採用されず、ダイナーのウェイトレスをしている。

夫婦には2人の幼い娘がいる。その長女クリスティの目を通して、この映画は語られていく。
クリスティは常にビデオカメラをもち、撮り続けている。
妹のアリエル(アリー)は、映画のETが大好きなおしゃまな女の子。
(『ルームメイト』の主人公の名前も、偶然にアリーだった!)

こちらの2人は、本名から察するに本当の姉妹らしい。
二人ともものすごい演技派で、お姉ちゃんは美人になりそうな雰囲気だし、
妹のほうは天真爛漫さが何とも言えず可愛い

実は、この一家にはもう一人フランキーという男の子どもがいた。
だが、階段から転げ落ちたことがきっかけで(そんなことあるか?)脳腫瘍ができ、
2歳で死んでしまったのだ。
それが一家がNYに移住しようと決意したきっかけだった。
二人とも、幼い息子の死を受け入れられないでいるのだ。

お金がない一家だが、ためたお金をつかい、思い切って遊園地に行って楽しもうとする。
アリーの好きなETのぬいぐるみを手に入れるために、ジョニーは持っているお金をありったけ、ボール穴入れゲームに使い果たしてしまうのだ。
妻サラもいったんはためらうものの、ぜったいに手に入れて見せるという夫に、全財産を使わせる。そんな豪気さにびっくり。

やがて、サラは妊娠するが、おなかの中の児と死んだ息子とが区別がつかず、混乱していき、胎児も自分も危険な状態になるが、サラはぜったいに生むといって聞かない。

このアパートに一人の黒人が住んでいる。
ドアには赤いペンキで大きくKeep Away! と書いてあり、人を寄せ付けない不気味な住人だ。
だが、怖いもの知らずのアリーたちは、ハロウィーンの日にこのドアをたたき、この男の部屋へ入っていく。
彼の名はマテオ。売れない画家だった。
実は、彼は不治の病にかかっていた(エイズとははっきり言っていないが、たぶん)。
子どもたちとサラはマテオと親しく交わるようになるが、サラと喧嘩して飛び出したジョニーは、マテオに怒りをぶつけ、妻に気があるのだろうと詰め寄る。
マテオは、サラも子どもたちもジョニーも、一家すべてが好きだという。

だが、妻の出産が迫るなか、マテオの死も近づいていた…。

この映画には、前の映画とちがって、悪い人は出てこない。
ジョニーがいつもなけなしのお金をあげているのに、金を脅し取ろうとするジャンキーもいる。
だが、反撃されると泣きだす情けなさ。
ジョニーもどうしようもない男だが、こうと決めたことは貫き通す頑固さがある。
でも、息子を亡くした悲しみや心の痛みを表現することはできない。
妻の悲しみもわかっていながら、通じ合うことができないのだ。

そうしたなか、救いになるのが娘たち。
最後のほうで、長女のクリスティが自分がどれほど親たちを支えていたかをコンフロントする場面がある。
もう、そのあたりになると、涙、涙である。

私の大好きな映画E.T.が出てくるところと言い、バックグラウンド音楽にドアーズの”Turn,Turn,Turn”が出て来たり、もう私のハートにはまる要素だらけ。
よかった。



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アルコール依存症と探偵 [本とテレビ番組]

アルコール依存症の探偵と言えば、ローレンス・ブロックのマット・スカダーが有名。
酒浸りになる心理と言い、AAのミーティングの様子と言い、そのままアディクションの教科書にしてもよいくらいだ。
しかも、20冊近いシリーズなので、その経過や浮き沈みがよくわかる。

最近は、海外のテレビドラマではアルコール依存症や薬物依存症の人物がよく登場する。
そこにはAAも必ずついてくる。
現代ニューヨークに舞台を移した、シャーロック・ホームズもの『エレメンタリー』のシャーロック・ホームズも薬物依存のためのAA(NA?)に参加していて、そこでなんとか回復の途を歩んでいる。ときどき、スリップするが。
ちなみに、このドラマのジョン・ワトソン役は、ジェーン・ワトソンという中国系アメリカ人に置き換わっていて、ルーシー・リュウが演じている。
もと外科医で、患者を手術で死なせたために医者を辞め、ホームズの付き添いの仕事から、探偵のパートナーとなった。
ちなみに、ジェーンの父は統合失調症で、治療を拒否していてホームレスになっている。
こういう設定が人気ドラマに普通に出てくるところがすごい。

で、本日紹介する本は、女性のアルコール依存症の探偵。
シーナ・カマル著『喪失のブルース』(ハーパー・ブックス)。
舞台は、カナダのバンクーバー。私が初めて訪れた外国の街。70年代のこと。なつかしい。
カナダを舞台にしたミステリーってそんなになかったような気がする。

主人公のノラ・ワッツは私立探偵のレオとフリージャーナリストのセブが運営する事務所の調査助手。
部屋を借りるお金を惜しんで、事務所の地下に勝手に住み着いている。
事務所の裏のゴミ箱をあさっていた狼の血を引く野良犬をウィスパーと名付けて飼っている。
なかなか優秀なメス犬なのだが、すぐに欲情するのが玉に瑕。そのたびに落ち込む(犬が)。
ウィスパーを飼い出してから、ノラはお酒を辞めた。

ノラがアルコール依存に陥ったのは、まだ10代の頃、レイプされ殺されそうになったという事件が原因だった。その時の記憶はないのだが、悪夢に悩まされている。
昏睡から目覚めたとき、彼女は妊娠していた。
娘を出産してすぐ養子に出したのだが、その養親が行方不明になった15歳の娘ボニーを探して電話をかけてくる。
それまで娘のことは考えないようにしていたノラだが、一人で捜索を始める。
なぜ、ボニーは行方不明になったのか?
その足取りを追ううちに、やがて15年前のレイプ事件との接点が見えてくる…。

実はノラは、アボリジニ(アメリカでいうインディアン)の血を引いている。
妹は美人で賢く、環境問題の活動家で酒におぼれホームレスとなった姉を軽蔑している。

ノラはAAのスポンサー(先輩メンバーであり支援者)のブラズーカに助けを求めるが、味方と思った彼が実は・・・?
ノラはお酒の誘惑に勝てるのか?
たいへんなアクションもあり、満身創痍でもがんばるのだ。

隣国アメリカに比べれば、平和で英国流の社会福祉が行き届いていると思われているカナダだが、やはりホームレスや麻薬の問題は深刻なようだ。
中国人富豪による土地の買い占めなどの問題も登場する。

著者のカマルは、カリブ海の国の出身で、幼い頃にカナダに移住したのだそうだ。
トロントで育ち、大学卒業後はホームレス問題に携わり、最近は映画とテレビ業界での調査報道のための調査員を務めていたりするらしい。
その経験がこのミステリーを生んだようだ。


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