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幸せだなあ [こんなことあんなこと]

新築マンションも20年近く住み続けていると、あちらこちらに不具合が出てくる。
それもなぜかいっぺんに。

まずはキッチンの浄水器を設置した水栓から水漏れがするようになった。
洗面所の洗面台の蛇口からも水漏れ。

リビングに2つある蛍光灯の一つがついたり消えたりするのは、何年も前から。
ただ、私の背丈では、脚立に乗っても届かなかったので、
街の電器屋さんに来てもらって取り替えようとしたが、なぜか取り外しができなかった。
製造元に取り外し方を聞いてみますと言って帰っていったが、私の方も忙しくて放っていたら、その電器屋さんが閉店してしまった。

最近になり、寝室の蛍光灯も突然消えたかと思うと、しばらくしてパッとついたりするようになった。
いままでは夜寝る前くらいしか使わなかったのが、今では寝室兼書斎となって、日中も仕事をするようになり、使用時間が長くなったせいかもしれない。
でも、自分では取り替えられないし…とグズグズしていたら、昨日、姉夫婦が工具一式を持参して来てくれて、蛍光灯を取り替えてくれることになった。ありがたい。

姉の旦那さんはこうした仕事はお茶の子さいさい。お手の物である。
電器屋さんもはずせなかった電灯にいろいろ手を焼いてはいたが、最後には見事取り外すことができた。
それで、蛍光灯の規格を確認したうえで、蛍光管と新しくLEDのシーリングライトを買いに行くことにした。

ついでなので、根津神社をお参りし、釜めしの店でランチの親子丼を食し、根津の赤札堂まで。
ここは、これが都心にあるスーパー?と初めて見た人はびっくりする。
姉たちもご同様。
なにせ不忍通りと言問い通りが交差する駅前にありながら、3階しかなく、地下もない。
エスカレータもなく、エレベータは業務用のが奥にあるだけ。普段は使わない。
蛍光管はあったけど、シーリングライトは売ってなかった。

そこで、上野のヨドバシカメラまで歩いて行こうということになった。
はじめは都バスでいこうとしたのだが、時刻表を見ると、上野公園行きは30分毎しかなく、行ったばかりだったからだ。
都心のバスが30分に1本しかない?とここでもびっくり。

外はカンカン照り。
でも、パンダ誕生で賑わっている上野公園の不忍池を突っ切っていけば、そう大変でもなさそう。
まずは、不忍池のほとりで弁天堂と、遠くに見えるスカイツリーをバックに記念写真。
さらに京成上野駅の中を突っ切って、ようやく上野駅前へ。

アメ横の入り口にめざすヨドバシカメラがあった。
電灯と同じ階に掃除機も売っていて、最新の国産のスティックタイプの軽さに驚く!
外国製のクリーナーを買ったばかりの私は、通販は手軽だけど、やっぱり店頭で実際に見て買うべきねと思う。
ただし、やたら高い!

すべてを買い揃えて、帰りは上野から山手線で。
戻ってさっそく付け替え。
蛍光管を取り替えるだけの作業は簡単だったけれど、LEDのシーリングライトを設置する段になって、ひと騒動。
蛍光管のようなものが付属していないのだ。
取説を読んでみても、LEDユニットと書いてあるだけで、ない。
ヨドバシカメラのおにいさんに、箱の中に蛍光管(?)も入っているかと聞いたら、「大丈夫です」と言っていたのに…。
ここは姉がじっくり取説を読んで、シーリングライトそのものにLEDが組み込まれているのではないかと言う。さすが、物理学科卒である。
正解だった。
ちゃんとすべてを天井の取り付け器具にはめ込んで、スイッチをONにすると、明るい光があふれた。長いこと、つかなかった明かりが…。
しかも、リモコンで白色から太陽光の色まで変えられるし、明るさも徐々に変えられる。
感動である。

その後、はずれてしまって、二度と窓枠に入らなくなった網戸まで、ああでもない、こうでもないとやってくれて、見事はめてもらった。職人芸である。
なんてありがたいんでしょう。

ついでに水栓を見てもらったけれど、こちらは業者に頼むしかないという結論に納得。

新しい電灯は明るいし、二人にいろいろ一生懸命やってもらって、ひさびさに幸福感にひたった一日となりました。

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ハガキの値上げ

6月1日、封書をポストに投函した直後、そこに貼り付けられたおしらせが目に入った。
まさにその日から、ハガキが62円になる。
ニュースで聞いてはいたが、その日から値上がりするとは。
一瞬、投函した封書の切手も足りないかもしれないと、とっさに不安になったが
そこにはハガキが62円になるということだけしか書いてなかったので、それ以外は値段は据え置きなんだと思うことにした。

後で調べたら、正解だった。
ただ、年賀状は52円の据え置き。
通常ハガキでも年賀と書いておけば52円で送れるらしい。もちろん年賀ハガキの受付期間に限るわけだけど。
でも、それじゃあ、かもめ〜るは?
正解は、62円! 変だよね。

ほかにも
「定形外」の値段が、規格内と規格外の2種類になって、規格外がかなり高くなる。
ただし、規格内だと500g以上で安くなる。
ゆうパックは当面、値上げしないそうだ。当面とはいつごろまでなのかな。

これまで研究会のおしらせ用にハガキをまとめて購入してあったので、
さっそく10円切手と絵葉書用に62円切手を購入した。

10円切手は「トキ」の図柄。
一瞬「サギ」かなと思い、すぐに「詐欺」を連想したが、違った。

62円切手は、なんと桜の図柄。
なんで、6月から使う切手なのに、桜なんだろう?
紫陽花とかだったら、ちょうどよかったのに。
もしかしたら、当初、4月1日からの値上げを目論んでいたのかもね。

ちょうど年金額の減額通知が届いたばかりだったし、
けっこうあれこれ値上げがあって、年金生活者にとっては厳しくなっていく。
私はまだいいけれど、これから高齢者が年金でやっていけなくなって(これはかなりありうる)、大半が生活保護受給なんてことになったら、日本はどういうことになるのだろう。
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勝手に変えないで [日々の出来事うっぷんばなし]

前にも同じタイトルで愚痴ったことがあると思うのだけれど、
パソコンがアップデートと称して、たびたび仕様が変更になり、不便している。
壁紙をせっかく選んだのに、勝手に変えられるし、
トップページもせっかく設定したのに、これも勝手なページが追加されてしまう。
それもちょくちょく。

新しいページを開くときは、これまではよく開くサイトのアイコンが並んでいたのに、今はSNSのアイコンが並んでいるだけ。
シャットダウンする際に、検索履歴を削除する設定にしたせいかもしれない。
速度が遅くなった気がして、やってみたのだけど。

そんなこんなで、PCの嗜癖状態がひどくなるばかり。

一方の嗜癖になりかねない、ケーブルテレビも勝手に変わった。
6月1日(そう、今日!)に突然、いつも見ていた2つの海外ドラマのチャンネルが映らなくなり、「契約されていません」というメッセージが出るようになったのだ。

いろいろやってみたが、どうもうまくいかない。
CATVの会社に電話したら、映らなくなったチャンネルは、ハイビジョン化されて、チャンネルが変わったのだそうだ。
4月ごろから冊子に何か変わるってことが書いてあったけど、読んだうえで、うちは関係ないと思っていたのが、これなのか。
今月号を見たけど、そんな注意書きはなかった。

これまで700台だったチャンネル番号が、200台になったという。
継続して映っているのは、ハイビジョン化しておらず、同じ700台のまま。

いつも番組表を開いて、そこから見たい番組を探していたので、700~200のチャンネルをザッピングするのは大変。
電話窓口のおねえさんは「3ケタ入力でも見られますよ」というが、
そんな3ケタの数字を何チャンネル分も覚えていられるわけがない。
おねえさんは「毎月送られてくるケーブルTVの冊子に一覧表があります」という。
確かにあるよ。
でも、TVを見るたびに、冊子を探してそれを見ろっていうの?

その後、お好みのチャンネルをリモコンの数字ボタンに設定するという技を思い出した。
最初に設定したまますっかり忘れていた。
しまい込んでいた取扱説明書を引っ張り出して、リモコンでのチャンネル設定の仕方を探し出し、見事、更新に成功!
チャンネル1~9にすべてのお気に入りチャンネルを設定することができた。
こういうのは、嫌いじゃないんだな。
電話窓口のお姉さんも、その手があるってことを知ってたほうがいいと思うよ。

ま、この程度の変更ならば、どうにかこうにか対応が可能だけど、
あまり勝手に変えないでよね。
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おそるべし、星占い [日々の出来事うっぷんばなし]

4月6日のこのブログに、ある雑誌に載っていた星占いについて、こんなことを書いていた。

「4/8~4/14の間は、あなたの住まいや家族関係、専門分野について、大きな動きがあるでしょう。・・・5/19頃、そろそろ覚悟を決めなければならないようですよ!」

この不吉な占いが、なんとぴったり当たっていた。
 
4月10日(月)に実家で一人暮らしをしていた母が、心筋梗塞で他界したのである。
週末には1泊して一緒に過ごすようにしていたのだが、その週は風邪気味だったので
熱を測ったりしていた。
その時は熱はなかったが、翌月曜日の夕方、普段はやらないことなのだけど
気になって電話し体調を確認した、その晩のことだった。
翌日、デイサービスの人からの連絡で、姉が行ったときには、旅立った後だった。
そして14日には通夜、15日には家族葬で見送った。
その週、定期的なグループが2つ、学会理事会が一つあり、
急きょすべてを欠席せざるを得なかった。

まさに「住まいや家族関係、専門分野について、大きな動き」だった。
時期もぴったり!

「5月19日に覚悟を決める」ようなことは特段なかったけれど、
いずれにしても覚悟を決めざるを得ない、出来事ではあった。

この間、あれやこれやあれやこれや、公私ともに以前から決まっていたことも含めて、やらなければならないことだらけで、てんやわんやとはこのことであった。

しかも、しなければならないお役所や関係各所への届けが山のようにあって、
戸籍謄本、住民票、印鑑証明書などなどいちいち取りに行かなければならず、
なんど区役所に足を運んだかしれない。
そのたびに、日本のお役所や制度の壁にぶつかって、怒りまくった。

たとえば、
結婚して戸籍を離脱した姉と母は、古い戸籍謄本を取り寄せなければ親子関係が認められず、受け付けられないとか。
市営墓地の使用権をそのまま継承できるのは、「配偶者と長男だけ」だとか!
いったいいつの時代の話だといいたくなった。

それに、私は運転免許証をもっておらず(取得したのだが、結局一度も運転しないまま、更新するのをやめてしまった)、気づくとパスポートまで期限切れで、本人証明ができる書類が保険証だけになってしまっていた。
合わせてクレジットカードや診察券でもいいというところもあったが、
両親の生年月日や干支を質問されて、正解すればOKというときもあった。
このとき、父の生年月日が1日ずれていて、窓口の人が目で合図してくれて、ようやく正解にたどり着いたり…。
こんな茶番劇みたいなことを、なんでしなくちゃいけないのか。

おまけに、4月もまだ半ばという時期である。
どこも新人の研修期間で、窓口の人も、上席の職員にいちいち聞きながらの作業なのである。
5月に入ったら新人に代わって、ほとんど派遣社員ばかりになった。
常態に戻ったということか。

ところで、
母は88歳まで月2回、高田馬場の染織教室にラッシュアワーのバスと電車を乗り継いで通っていた。
さすがに歩くのがきつくなって辞めたのだが、90歳を超えて膝や肩の痛みがひどくなっても、掃除・洗濯などの家事を人一倍きちんとこなし、頼んだヘルパーは気に入らずに辞めさせていた。

以前は、老後はホームに入ると言い、パンフレットを取り寄せたりしていたのだが、いざとなると「どこにも行かない。この家で死ぬ!」と言い張り、会えば早く死にたいと恨み言のように言うようになっていた。
というわけで、「お寂しいでしょう」などと心配して声をかけて下さる方には申し訳ないのだが、寂しいとか悲しいとかよりは、正直ほっとしたという気持ちのほうが強い。
母らしく、自分の思いどおりに貫き通したと思うからである。

むしろ、ほぼ毎日母と垣根越しに話をし、ときどきおかずを作って持ってきてくれていた隣の奥さんのほうが親身になって悲しんでくれて、2週間ほどボーっとして落ち込んでいたと話していた。
ありがたいことである。

さて、星占いだが、今月の占いはちょっと見る気がしなかった。

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読み直し?記憶が・・・ [本のはなし]

前々回のブログで,あさのあつこさんの弥勒シリーズ『冬天の昴(とうてんのすばる)』(光文社文庫)を紹介した。
その際、前作『東雲の途』のことにも触れたのだが、どうもこれを読んだかどうかがあいまいで、読んだならブログに書いているだろうと思い検索してみたら、載っていなかった。

それで、改めて光文社文庫の『東雲の途』を買って読んでみた。
なにしろ、面白そうだと思って買って読んだ本が、すでに以前読んだことのある本だと途中で気づくなんてことがままあるので、恐る恐る読み進んだ。
読んだことがあるような、ないような…で読み進み、結局、最後に読まなかったようだという結論に到達。(でも、すっきりしない・・・。まさか認知症が進んだなんて?)

この巻は、橋の下で見つかった死体の腹の中から瑠璃が見つかるという、異様な事件をきっかけに、遠野屋清之介が西の生国に帰って過去の因縁を清算しようとする、という話である。
その旅に、岡っ引きの伊佐治が同行する。

なので、このシリーズの面白いところでもある、遠野屋清之介と小暮信次郎のからみ(探り合い)は最初のほうにあるだけで、途中からは信次郎も姿を見せず、瑠璃をめぐる謎解きと追手との果し合いのサスペンスが中心となる。
その分、このシリーズの特徴でもある人情話としての面白味も、若干薄い。
(だから、読んだ記憶がないのだろうか)

裏表紙には「著者がシリーズ史上ないほど壮大なスケールで描く「生と死」」と書かれてあるが…。清之介がなぜ生国に戻ろうとしたのか、瑠璃にはどのような秘密が隠されているのか。
やがて、山奥に埋もれたおどろくべき歴史の真実が明らかになっていく…。
「壮大なスケール」かどうかは・・・?
ただ、このシリーズでたびたび侍を捨て、商人となった遠野屋が、社会の在り方、とくに商業や経済というものの意味について独自の考えを語るところは、高田郁の「あきない世傳」シリーズとも共通していて、ちょっと現代社会の批判になっているのかなと思う。


それに、この巻には『冬天の昴』に登場する同心小暮信次郎の女、品川の宿「上総屋」の女将「お仙」や、小間物問屋遠野屋で清之介の片腕となっている「おうの」らが登場し、過去の経緯が語られており、武家の次男として生まれた清之介がどうして江戸の小間物商となったのか、小暮信次郎が怪しんで執拗に探ろうとしている清之介の過去の因縁がどんなものだったのかも説明されている。

というわけで、後から読んでもそれはそれでなるほどという読み方ができて、それはそれで面白かった。

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あまり変えないで。 [日々の出来事うっぷんばなし]

このところ、OutlookだかMicrosoftだか,責任の所在はわからないが、
メールの受信トレイやwebのトップサイトの表示の仕方が勝手にコロコロ変わって、
受信したメールが勝手に削除メールのトレイに入っていたり、
受信メールが一瞬現れて、消えてしまったり、勝手に処理されていることが多くなった。
(誰からかわかったので、再送してもらった)

ほかにも、これまではよく使うページのリストがすぐに表示されたのに、
それがなくなって、いちいち探さなくてはならなくなったり、とっても使い勝手が悪くなった。

受信トレイも、「優先」と「その他」に分かれてしまい、
いちいち両方を確認しなければならなくなったし。
最初にこの変更への意見のアンケートがあったので、「面倒になった」と回答したけど、
それ以外にも言いたいことが山ほどあるのに、アンケートは1回答えたら、次には現れなくなった。
ほんとうに迷惑な話だ。
これは「フィルター」ってところをクリックして、「優先トレイを表示」のチェックを外したら、優先とその他の区別はなくなったけど、これで大丈夫なんだろうか。
かってにちょこちょこ変えないで!と言いたい。

こういう不満はどこに伝えればいいんだろうね。


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心理劇を楽しむ時代小説 [本のはなし]

あさのあつこさんの『冬天の昴(とうてんのすばる)』(光文社文庫)。

北町奉行所定町廻り同心、小暮信次郎と小間物屋「遠野屋」を営む清之介、それに信次郎に仕える岡っ引きの伊佐治の3人の駆け引きが面白い「弥勒」シリーズの第5弾である。
実は第6弾の『花を吞む』がハードカバーで今年1月に出ているらしく、早く読みたいのだが、ほかにも読む予定の本が山になっているので、文庫になるのを待とう。

あさのあつこさんは、やっぱりうまい。
文章にリズムと流れがあって、なんだか浄瑠璃を聴いているような気分になる。
あるいはテレビの時代劇のナレーションを聴いているようにも。

物語は品川宿の旅籠『上総屋』の女将お仙の数奇な運命から始まる。
御家人だった夫が、女郎宿で遊女と心中事件を起こし、骸となって自宅に運び込まれたのだ。
実直で小心な夫が、そんな大胆な行動に出るとは考えられなかったが、その汚名を濯ぐこともかなわず、家は取り潰され、姑も「恨みを晴らしてくれ」と言い残して、井戸に身を投げて果てた。

その後、流れ流れて上総屋の女将になったお仙。そこに通ってくるのが、小暮信次郎その人である。例によって孤独を抱えて、どこまでもクールな信次郎。女泣かせなんだなあ…。

あるとき、小暮信次郎の同僚で本勤並(ほんづとめなみ)になったばかりの赤田哉次郎が女郎と心中するという事件が起きる。
お仙の夫と同じように、およそ心中などを起こしそうもない、若く実直な人物だった。
裏に邪悪な匂いを嗅ぎつける信次郎。

一方、遠野屋清之介の過去にただならぬものがあるとかねてより疑っている信次郎は、足しげく遠野屋に通い、まるで真剣で切り結ぶようなやり取りを繰り返している。それを楽しんでもいるようである。それを脇で見ている岡っ引きの伊佐治はそんな信次郎に呆れている。

信次郎はお仙に、夫の心中事件を探ってみるように言う一方で、清之介にお仙の用心棒を頼む。清之介はその意図を知りたがるが、信次郎はなかなか明かさない。

一方、遠野屋の表座敷では、小間物に加えて反物や帯、足袋などの商人と合同で売る催しが女客の人気を呼んでいた。その客の一人、材木商『伊勢屋』の内儀、お登世の様子がおかしい。どうやら清之介目当てに来ているようだ。
もともと伊勢屋の一人娘で、婿を取ったのだが、どうやら男狂いの気があるらしい。その様子が尋常ではなくなってきた…。

あさのあつこさんの小説の魅力は、登場人物の心の機微が細やかに語られるところである。
たいてい、主人公はどちらかといえば発達障害的な、人の気持ちに無頓着で、人間関係が一方的になりがちなタイプで、時代劇の人情話にはまるで向かないタイプだ。
小暮信次郎もそうだが、遠野屋清之介もかつてはそのような人間だった。遠野屋の娘おりんと出会って、生き直すことにするまでは。
それを人情でつなぎとめているのが、岡っ引きの伊佐治ということになるか。

伊勢屋の内儀、お登世は言ってみれば、ボーダーラインの患者。
このお登世が、すっかり狂乱して遠野屋に現れたとき、清之介の片腕として遠野屋の商いを盛り立てている「おうの」がお登世を落ち着かせるのだが、このお登世をめぐるやりとりが、まるで精神療法の物語みたいになっているのである。
ま、物語だから、そんなにうまくいくものか、とは思うけどね。

最後はすべての物語が一つに収斂していく。見事である。

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新しい掃除機 [こんなことあんなこと]

日々、通勤することもなく自宅で過ごしていると、
身の回りがどんどん雑然としていく。
以前から、手軽にお掃除できる器具を通販で買っては使いこなせないまま、
捨ておくことになっていた。

マキタのハンディな掃除機も、過充電で2台もつぶしてしまったし、
(なんで充電が完了したところで、スイッチが切れるようになってないんだろう)
何とかスウィーパーというのは、逆にあまり使わないでいたら
放電してしまって充電ができなくなってしまった。

今度は、スティック型の充電式掃除機を購入。
充電完了すると、赤いランプが青に変わって知らせてくれる。
1回の充電で使える時間も長い。
スティックでも使えるし、外殻を取り外してハンディ・クリーナーにもなるtwo-way.

デンマーク製なのだが、掃除機のわりに取扱説明書が分厚くて、
ヨーロッパを中心に、なんと22か国語で書かれている。
日本語は最後から2番目。
暇なとき、これで知らない外国語の勉強になるかも。

さっそく使ってみた。
軽いという触れ込みだったのだが、
問題は、スティックの長さだった!!
背の低い私が取っ手のところをもつと、必然的に床からの角度が小さくなる。
長いスティックをほぼ床に平行に突き出すような感じになって、コントロールしにくい。
おのずと手元が下がっていき、太い筒を両手で抱えるみたいになって、スティックが余るのだ。
ちっともハンディじゃない。とほほ。

片手で軽々操作しているコマーシャルは、
すらりと背の高いモデルさんだからね。
20センチは違うだろうから、このスティックもそのくらい短くしてほしい。

それでも、吸引力はさすが。
結構ごみやほこりがとれた。
それだけ汚かったってことだけど。
毎回、取れたごみを捨てて掃除機を掃除しなければいけないのが厄介かも。
ほこりがそこで飛び散るし。
う~ん。理想の掃除機はないものか…。
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意外な作家の闘病記 [本のはなし]

このところ、身の回りに予期せぬ出来事が相次ぎ、とくにこの1週間はあたふたしているうちに時間が過ぎてしまった。
朝も6時台に目が覚めて、なんだかボーっとしている。
しばらくはまだ落ち着かない日々が続きそうだ。

  ☆ ☆ ☆

先月小倉に行ったときに知った郷土の作家たちの作品を一人ずつ読んでいるところで、今日紹介するのは、加納朋子さんの『無菌病棟より愛をこめて』(文春文庫)。
『ななつのこ』や『七人の敵がいる』など、好きな作家のひとりである。

『無菌病棟』は、その加納さんが、なんと『七人の敵がいる』を書いた直後に急性白血病を発症した、その闘病記なのである。
そんな大変な体験をしていたなんて全く知らなかったので、書店でこの本を見つけたときはびっくりしてしまった。

この本で、夫も同業者だとあって、調べてみたらなんと、推理作家の貫井徳郎だった。これまたびっくり。
売れっ子作家同士で結婚して子どもまでいて、二人ともたくさんの作品を次々に発表しているなんて、すごい。
そこに急性白血病だなんて。しかも、厄介なタイプのものだったらしい。

だが、なにしろ、作家である。
たとえ重篤な病気であっても、興味津々、しっかり観察し、情報を集め、書いてやろうと意気盛んである。ちゃっかりと主治医に将来の取材の約束まで取り付けている。
それだけではない。患者としてうろたえる姿も、放射線治療や化学療法の苦痛にあえぐ場面も、リアルにとらえて描写している。
(巻末に、彼女に骨髄移植をした弟の詳細な体験レポートも載っている。)

それは、作家としての性というだけではない。自分の体験を伝えることで、同じような苦しみや恐怖を体験している人の助けになればという気持ちなのだ。
彼女自身、無菌病棟に入院して出会った患者同士のコミュニケーションにたいへん助けられた経験があるからだ。
実際、私の身近にも癌と告知され、これから入院・手術を待っている人がいるので、事細かに入院に必要な物品、不要な物品などを書いてくれているのはありがたいことだった。

その一方で、かつて40歳そこそこで急性白血病で逝った友人のことを思い出し、ああ、こんなことを知っていればやってあげたのに、なんで何もしてやらなかったんだろうと、後悔の念も湧いた。

加納さんは、もともとポジティブ志向の人なのだろう。苦しい治療に耐える(病気に耐えるのではなく、というのが、こうした悪性新生物の厄介なところだ)ために、入院中も歩いたり、階段昇降や腕立て伏せを繰り返したりして体力を維持しようとする。
また、体力と体重を維持するために、治療の副作用で味覚異常が起きて食欲がなくても、吐いても食べられそうな食品を探しては無理にも食べようとしたり、呆れられるほどの頑張りようなのだ。
彼女は、そうした頑張りのおかげで、回復したと信じているのだが、読者(たぶん患者の家族だろう)から、頑張っても駄目だった人もいる、そういう人は頑張りが足りなかったというふうにとれる書き方はひどいとお叱りの手紙をもらったそうだ。

それにしても、治療の過酷さはすさまじい。癌細胞をやっつけるために、致死量の薬を投与されるなんて、想像を絶する。

彼女の場合、骨髄のすべてが完璧にマッチし、さらに若く体格もよい弟からの骨髄移植が可能であったという幸運もあった。
夫や義母、父や姉妹の熱心な協力も万全であった。
さらに言えば、高額な治療費や部屋代を払える経済力もあった。これは夫が貫井徳郎と知れば、そのくらいは出せるだろうなと納得するが、知らなかったときは、どうするんだろうと他人事ながら心配になった。それくらいかかるのだ。

さらに治療が功を奏して寛解状態になったとはいえ、100%健康になったとはいえないようである。

この本を読んだおかげで、たまたま郵便局の人が勧誘に来たので、さっそくがん保険に入った。女性特約付き。
我ながら、影響されやすい・・・。

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あきない世傳 金と銀 波乱万丈の奔流編 [本のはなし]

ある雑誌の星占いにこんなことが書いてあった。ちなみに星座は山羊座。

 現在、あなたの人生で何かが停滞しています。完成直前だったあなたの「巣」が、作りかけのまま放置されているか、度重なる嵐のダメージによって、見るも無残な状態になっているのかも−−? 

 ドッキリである。たしかに停滞感はある。オフィスを開設して2年経つが、自宅でパソコンに向かって仕事していることのほうが多く、活用されているとはたしかに言い難いし…。
続いてこんなことが・・・

 4/8~4/14の間は、あなたの住まいや家族関係、専門分野について、大きな動きがあるでしょう。・・・5/19頃、そろそろ覚悟を決めなければならないようですよ! だって。

 なんの覚悟だろう…。

 で、今日のおすすめブックは、停滞することのない、女の物語。
 おなじみ、高田郁の『あきない世傳 金と銀』の第3巻「奔流編」が出た。

 幼くして父と兄を失った幸は、実家を遠く離れ、女衆として大坂天満の呉服商「五鈴屋」に入る。やがてその聡明さを買われて、父が嫌った商人の嫁となる。店主、四代目徳兵衛の後添いになったのである。だが、夫は不慮の事故であっけなく死亡、17歳にして寡婦となってしまう。
ところが、四代目の弟、惣次が幸を娶ることを条件に五代目徳兵衛を継ぐと宣言する…。これが前巻までのあらすじ。
 無能な四代目とは異なり、惣次は商売には熱心ではあるものの、雇い人の扱いが酷く、人間的な面で受け入れ難いところがあるのだ。
 だが、幸の脳裏にかつての五鈴屋の番頭、治兵衛の、「今は、商い戦国時代」「お前はんは戦国武将になれる器だすのや」という言葉が蘇る。商いの戦国武将になってやろうと決心する幸。

惣次は言う。「私には商いしか生きる道はない、と思うてる。商いでは誰にも負けとうはない。そのためには今のままではあかんのだす」「あんたを嫁にしたら、もっと強うなれるやろ」

一緒になってからは、惣次は幸を慈しみ、一層、商いに励むようになる。やがて江戸に店をだすという計画を明かす惣次。そのためには資金を蓄えなければならない。
惣次は母の反対にも耳を貸さず、取り立てのやり方を変え、番頭から丁稚まで一人一人に売上のノルマを科す。皆が言われたことをやるのではなく、自分の頭を使って売上を伸ばす工夫をしろというのである。
 その一方で、生糸の産地として名高い近江に目をつけ、絹織の生産を勧めるべく、みずから近江に出向いていく。

ところで、最近、朝日新聞に滋賀県長浜で相撲のまわしが織られているという記事が載っていた。この強い絹織物こそ、この物語に出てくる絹織なのだ。
 
 幸は、自分なりに店に貢献できることはないかと考え、新しい宣伝の方法を次々と考え出す。それは人気を呼び、五鈴屋は広くその名を知られるようになる。一方で、それが自分の手柄ではなく、惣次のおかげと振舞う幸。惣次は自分が幸を守る。幸は自分の影に隠れていれば良いと考えていることを知っているからだ。商いの戦国武将となると決意した幸と惣次との間に広がっていく間隙。

 それは、惣次が近江の村との商いの中でとった信義にもとるやり方が明るみに出たときに、決定的なものとなる。幸に手を挙げる惣次。どうなる幸…。

 相変わらず、波乱万丈の物語は続いていく…。

 たしかに幸の生活と比べれば、私の生活は停滞していると言わざるを得ない。ふ〜む。5/19までに何か考えなければいけないか。

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